晴れやかブログ

シンプルで生き生きとした生活がしたいミニマリストが断捨離や日々の想いをつづります

森秋子さんの『脱力系ミニマリスト生活』を読んで出会った自分の本当の欲望と、わたしがミニマリストになったきっかけ。

森秋子さんの『脱力系ミニマリスト生活』という本の感想を書きます。

実はこの本は、わたしがミニマリストになるきっかけを与えてくれたもののうちの1つです。

読んでとても気に入ってしまいました。何故そんなに気に入ったのかと言いますと、この本を読んで、当時のわたしの忙しすぎる理由の一つがはっきりわかったからです。

わたしがむやみやたらと「忙しがってイライラしている」裏には、自分で認められなかった、自分の本当の欲望が隠されていました。この本は、そのことを気づかせてくれました。

そして、「これならミニマリストになるのは本当に楽しそうだ」と、ミニマリストになる決意と欲望がかたまったのです。

それでは、この本を読んだきっかけと、感想を書きますね。

 

本を読んだきっかけ。

この本を読んだのは、今年、2019年の2月頃で、わりと最近のことです。このブログを始める少し前のことになります。

当時、「自分の忙しすぎる(と自分で感じている)生活」を考えて、「何とかならないか」と思い、家事や仕事の時短のヒントになりそうな情報を探す中、ミニマリストというものを思い出しました。

ミニマリストという単語を初めて知ったのは、3年ほど前です。カルチャーショックを受け、興味は持ちましたが、自分がミニマリストになろうというところまではいかなかったのです。

潔い格好良さがある反面、ガランとした部屋の写真に「もの寂しさ」と「寒さ」を感じてしまい、何だか自分の生活とはかけ離れているように感じ、それ以上追求しませんでした。

でも今回、「この忙しさや追いつめられたような生活が何とかならないか?」という気持ちが強かったせいか、改めてミニマリストと名乗る人たちの本をいくつか検討したのです。

ネットで検索しアマゾンでレビューを読んだりしました。ブログがきっかけで本を出している人なら、ブログをのぞいてみたりしました。

本が面白そうでも、ブログをのぞいて見ると、「これは自分には向かないな」ということがあり、本を買うのをやめてしまったのですが、森秋子さんのブログを見たらとても気に入ってしまい、本を購入することにしました。

文章がちょっと文学的な感じがして素敵でしたし、一番ピンときたのは室内に敷かれていた絨毯の写真。柄が入っていて色があり、暖かさを感じたからです。

今までわたしが勝手に持っていた、ミニマリストイメージというと、黒とか白とか紺とかベージュとか、無彩色や低彩色の色的に寂しいもので「何だか禅寺みたい」と感じたものです。

単純に好みの問題かも知れません。でも、まずわたしが気に入ったのは彩(いろどり)と暖かさを感じたという点です。それで本を購入することにしたのです。

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わたしは、キンドル版を購入しました。上記は、キンドル版のキャプチャです。

冒頭でいきなり爆笑してしまった。

この本は笑いをとる、というようなものではないです。でも、文章の中に、ユーモアを感じます。本の最初の方に、森さんがミニマリストになる前とそのきっかけになった状況が書かれていました。

仕事や育児などで相当忙しかった当時の様子が、以下のように語られていました。

忙しすぎて着替えることすら大変な日々…(中略)…次の日に着る服を、子どもに着せて寝かせ、自分も次の日に着る服を着て寝るようになりました。

わたしはここで「すごいな!」と思って、何だか大笑いしてしまったのです。

「子どもに次の日着る服を着せて寝かせるとは!」この発想のすばらしさに、「負けた!」と思ったのです。

それからお風呂を一日おきにするとか…。

笑ったのは自分にも重なる部分があったから…ということもあります。わたし自身、仕事がたてこんでくると、まさに「忙しすぎて着替えることすら大変」ということはよくあったのです。

わたしは幸いにも、今は自宅で仕事しています。それで寝るときに着ていたジャージの上下をそのまま一日着たまま仕事し、さらにそのまま寝、次の日に突入してしまう…なんてこともありました。

これを密かに恥ていたのですが、次の日に着る服を子どもに着せて寝かせる…という発想が面白すぎまして、「こういうことをする人の言うことなら聞いてもいいな」と感じたのです。

(注:次の日に着る服を子どもに着せて寝かせたり…など、現在そうされているということではなく、ミニマリストになる前の忙しい時期にそうだったという意味です。)

なぜ捨てるのか?

それから、第1章で「捨てるための目標設定」について書かれていました。

最初は「目標設定」という言葉の窮屈さに読むのを多少躊躇しました。

日々、仕事の締め切りや「もうそろそろ夕食の準備しなくちゃ。」などという目標の嵐の中、アップアップしているのに、「また目標ですかあ? ウンザリなんですけどー。」みたいに思ったのです。

でも、読んでみて、わたしは自分の「目標設定」という言葉に対する先入観が全く見当外れだったことに気づきます。

目標設定には「本当の自分の欲望」が大事だと書かれていました。そして、本当の欲望に関する例がいくつか載っていました。その一つに、

「とにかく家事の時間を減らしたい。趣味の時間を増やすんだ」

というのがあったのです。この一文を読んだとき、わたしは、自分の心臓に、「明るい光がつきささる」ような、暖かい衝撃を受けました。

「あ、わたしの本当の気持ちって、コレだ!」と、思ったのです。仕事が忙しくて家事を減らしたい…という、今までの自分の言い訳は、表向きのカッコつけだなあと、思いました。

わたしが家事を減らしたい本当の理由は趣味の時間を増やすことだったのです。またさらに、カフェで何もしないでただのんびりボンヤリしながらコーヒーを飲みたいというのもありました。

「夫も仕事で毎日頑張っているのに、趣味にうつつを抜かす自分が許せない、オカシイ、ダメ主婦…」と、自分を責めていたことに気づいたのです。

それで、「仕事が忙しいから家事を減らしたい」と、もっともらしい言い訳を作っていたのです。でも、本音を言えば、やりたいのは仕事ではなく「趣味」「カフェでお茶」だったのです。

もっと言えば、家事どころか仕事もいやで「日がな一日趣味ばかりやっていたい」くらい、趣味の時間が欲しくて欲しくしかたなかったのだとわかりました。

そして、ミニマリストになり、不要なものを捨てるのは、「趣味の時間、カフェでお茶する時間を増やしてくれるのに役立ちそうだ!」と、ほくそ笑みながら、本を読み進めたのです。 

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おわりに

「主婦なのに、夫も仕事で頑張っているのに、趣味の時間が欲しいなんて、ワガママ。」と、このように、わたしは、自分で自分を責めていました。

でも、本のような形で、誰かが自分の気持ちをそのまま代弁してくれると、自分自身の気持ちを肯定するということをとても助けてくれることがあるものだと、森秋子さんの『脱力系ミニマリスト生活』は、わたしに知らせてくれました。

そして、表向きはどうあれ、自分で自分のことは受け入れてあげないと、幸せな気持ちを味わうのは難しくなるのです。

自分の本音に基づいた、本当の目標設定が大事なのです。

この本は、わたしに「幸せな気持ち」を届けてくれました。それでこの本と著者の森秋子さんが大好きになりました。

「趣味の時間とカフェに行く時間が欲しい。」から不要なものを捨てて、わたしはミニマリストになりたいのです。

趣味といえば、今はブログです。それで、「忙しい」といいつつ、毎日ブログを更新するのはやめないのです。仕事も家事も二の次です。

「自分の本音に基づいた、本当の目標設定」という、「不純な動機」は、自分の人生を本当に豊かにしてくれます。