晴れやかブログ

シンプルで生き生きとした生活がしたいミニマリストが断捨離や日々の想いをつづります

やましたひでこさんの『夫婦の断捨離』から得た気づき。

やましたひでこさんの『夫婦の断捨離』という本を読んで、わたしが得た気づきについて書きます。

この本を読んだきっかけは、2年半前に、夫と同居をスタートしてから、ある不可解な問題が起こり、「解決のヒントにならないかしら?」と思ったことです。

本を読み、また、やましたさんのブログなども拝見し、わたしは、「これだ!」という、解決のヒントになりそうな言葉に出会いました。

さて、その言葉とは、一体、何でしょうか?

 

「結婚生活は縄張り争い」「夫婦は縄張り争いをする」

わたしが解決のヒントになりそうだと思った言葉というのは、「結婚生活は縄張り争い」「夫婦は縄張り争いをする」という言葉です。

「結婚生活は縄張り争い」という言葉は、『夫婦の断捨離』の中に書かれていた言葉です。

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キンドルで購入。その表紙のキャプチャーです。

そして「夫婦は縄張り争いをする」ということは、やましたさんのブログと、確か、音声か動画で聞いたという記憶があります。

本の中で、何組かの夫婦の事例が取り上げられていましたが、そもそも夫婦というものは、縄張り争いをするものだということらしいです。

これを知って、わたしは、「なるほどなー。そういうワケだったのか。」と、再婚してから自分自身に起こった不可解な出来事を理解することができました。

再婚して起こった不可解な出来事

それでは、わたしが再婚してから起こった不可解な出来事についてお話ししますね。

わたしは、断捨離という言葉が、一世を風靡する以前から、自分なりに断捨離(のような活動)をしてきました。

わたしの断捨離は、主に、セカンドシングル時代に行っていました。

それで、何度か引っ越しもし、断捨離を繰り返す中、最後の部屋は、「これでほぼ断捨離は完了したな」というほど、自分でのかなり満足していたのです。

わたしは、一人暮らしのまま断捨離を繰り返したおかげで、自分との対話がうまくできるようになり、それでようやく「再婚」という次のステップが見えてきたのだと思っていました。

「もう、この部屋も、持ち物も満足した。結婚へ向けて、手放してもいいな。再婚したら、夫となる人と一緒に、新たな人生を生きよう。」なんて思って、「ものへの執着」もすっかり手放したような気分になっていました

ところが、それにも関わらず、夫と同居を始めた途端、わたしは、アレもコレも、手放そうと決めていたハズの物でさえ、捨てるのが惜しくなってしまったのです。

「なぜ、今になって、こんなにも「ものへの執着」が出てきてしまったのか!?」というのが、再婚して起こった不可解な出来事です。

例えば、わたしが捨てることにした収納ボックスがありました。「これは捨てることにするね。」というと、夫が分解して捨ててくれることになりました。

夫は平日は仕事なので、暇をみてやろうと思ったらしく、まず最初に空にした2つの収納ボックスはベランダに放置されたままになっていました。

わたしは、毎日、ベランダに出るたびにそれを目撃し、「やっぱりとって置きたい」と思うようになりました。

収納ボックスは、わたしの当初の予定では6つ処分を考えていました。それ以外にも処分予定だったものは他にもありましたが、何故か全部「捨てるのが嫌」という気分になったのです。

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捨てる予定だった6つのボックス

それで、ベランダに放置してあったものも室内に戻し、処分を見送ったのです。

もう1つ別の例を挙げます。キッチンの食器棚にとりあえず入れた、わたしが持ってきた食器に関することです。

わたしは、余分な食器を選び出し、「これ捨てることにする」と言って、キッチンカウンターの上に一時的に置きました。すると、夫が捨ててしまったのです。

これにわたしは何と!激怒。「勝手に捨てないでよ!」と思わず言ってしまいました。

それに対して夫は腹を立て、「もう捨てるって言ったから、こっちは親切で捨ててあげたんだ。」と言い、ツマラナイことで大げんかになってしまいました。

夫が腹を立てるのも無理はないかも知れません。でも、わたしとしては「ゴミと言えども、わたしのものはわたしのもの。」という気分でした。

もう捨てるというゴミに対してさえ感じる自分の「強烈な執着心」に情けなくなりました

それにしても、一体なぜ自分はこんなにも「モノ」に執着しているのかと、疑問が湧き出ていました。わたしは大好きな夫に激怒する予定なんてなかったのです。

上述したような「モノをめぐる小さな争い」は他にもいくつかありました。わたしは、何故こんなことになっているのか、悩んでいたのです。

そんな時に出会ったのが「結婚生活は縄張り争い」「夫婦は縄張り争いをする」という、やましたひでこさんの言葉だったのです。

「夫婦は縄張り争いをする」もの

この言葉を知って最初に感じたのは安堵でした。「何だ自分だけではなかったのか。」ということです。

そして、「そういうもの」という感覚です。

わたしは、自分のメンタルが異常なのではないかと悩んだのですが、「そういうもの」と言ってもらえると、何だかとっても救われます。

そして、一体、自分が再婚してから、どうして「いらないものまでも手放せない」という状態になっていたのか理解しました。

それは、縄張り争い=自分の居場所作り、だったのです。

縄張り争い=自分の居場所作り

今、夫と住んでいるこのマンションは、夫がもともと持っていた夫の持ちマンション。わたしがここへ引っ越してきたときは、夫のペースがすっかり出来上がっていた状態でした。

夫はわたしのための居場所を空けておいてくれましたが、わたしは、自分の所有物を使って、自分の縄張りを確保しようとしていたようなのです。

背後にあったのは不安

結婚当初、「わたしは本当にここに居て良いのだろうか。」そんな不安がありました。

わたしは夫が大好きになって再婚したいと思ったのですが、どうも自分に自信が持てず、「わたしで本当に良いのだろうか?」「自分は夫にふさわしくないかも知れない。」など、という疑いを持っていました。

そんな不安や疑いが、「縄張り争い」という自分の居場所作りに繋がっていたのだと思います。

自分に存在の許可を与える

「夫婦は縄張り争いをするもの」という言葉がきっかけで、背景にあった自分の不安な気持ちが見えてきました。わたしは自分に「存在の許可」を与えることにしました。

「わたしはここにいて良い」と、自分に言い聞かせたのです。

この一連の出来事は、「自分で自分に許可を与える」ということがとても重要なのだと教えてくれています。

というのは、夫の方はとっくにわたしに許可を与えていたのです。だからわたしを自分の家に招き入れてくれたわけですから。

それを勝手に疑い、不安に思ったのはわたし自身。それが強いモノへの執着心を引き起こし、縄張り争いへの呼び水となりました。

自分自身の存在への許可を与えることで、モノへの執着心と折り合いがつけられるようになりました。 

結婚当初捨てようとして捨てきれなかった6つの収納ボックスは、すでにモノで一杯になっていてすっかり部屋の一部になってしまっていますが、今後もう一度見直して、要らないと思ったら「落ち着いた気持ちで」手放すことができそうです。

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おわりに

今回はやましたひでこさんの『夫婦の断捨離』から得た気づきについて書きました。

実はわたしは、長年、ガラクタ処分などに取り組んでいながら、やましたひでこさんの本をちゃんと読んだのは2年半前に再婚した後のことです。

セカンドシングル時代に読まなかったのは、やましたさんの本を「主婦向けのものだから、おひとりさまの自分には関係ない」と決めつけていたというのがその一因です。

断捨離にからんで取り上げられている、夫婦問題や嫁姑問題、子供との問題なんて、おひとりさまの自分には、贅沢な悩みにしか思えたなかったのです。

勿体無いことをしたな、と思う反面、やはり当時のわたしは、「自分はひとりぼっちだ」とヒネクレていましたので、何を聞いても、聞く耳を持っていなかったかも知れません。

ですから、再婚してあれこれ問題が起こってから読んだのが、わたしにとっての「タイムリー」だったのではないかと思います。

そして、新たな気づきを得て、自分の不安に気づき、また「モノと自分との関係、夫との関係」を見直すことができたのです。

断捨離は奥が深いですね。