晴れやかブログ

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実家の断捨離に不可欠なものとは? 実家の私物の断捨離が未遂体験。

実家の私物の断捨離を、以前、取り組んだことがありました。でも、それを完了させることはできませんでした。その体験を書きます。

そして、この経験を通じて、実家の断捨離に不可欠な「あるもの」に気づいたのです。この「あるもの」とは?

実家の断捨離には、「良好な人間関係」が不可欠

実家の断捨離をするにしても、実家にある私物を断捨離するにしても、不可欠なものとは、ズバリ、良好な人間関係です。

実家から離れて暮らしていて、実家に自分の物がおきっぱなしになっている場合、実家にある私物を断捨離しようとすると、実家に住んでいる家族たちの抵抗に合うことがあります。

わたしの場合はそうでした。大なり小なり、実家に暮らす両親や兄弟などにとって、実家にあるものは、すでにある程度「自分たちの物」という感覚があるようです。

また、「断捨離」という概念などは、知らない人にとっては、全く「何のことだかわからない」ものです。

この辺を、良く理解してもらわないと、「勝手にやってきて、家の中を荒らしている。」と思われてしまうのがオチです。

以下、反省も込めて、わたし自身の体験を書きたいと思います。

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実家の私物の断捨離が未遂に終わった体験談

10年以上前、30代後半のころ、「ガラクタの処分」にハマり、一人暮らしのアパートの部屋の不要なガラクタを処分し終えたら、「次は実家だ!」と、実家へ向かいました。

まだ「断捨離」という言葉が流行る前のことですが、やっていた内容は「断捨離」だったと思います。

ちょうど失業中だったこともあり、2週間滞在し、かなりのガラクタを処分しました。

わたしは、大学進学のため、20歳前に実家を出ました。そのとき、本当に必要なものだけ持って出たので、子供時代からの私物の殆どは、実家に置いたままでした。

また、20代の独身時代の一人暮らしのころ、わたしは、自分のアパートに不要なものがあふれ出すと、実家に送りつけるという悪行をしていました。

主に送りつけていたのは、読み終えた本でした。母はとても迷惑そうにしていましたが、甘えていたのです。

このとき処分したのは、わたしが実家に送りつけていた本、それから、子供時代の自分の持ち物でした。

本は物置などに放置され、ホコリがかぶったりシミができたりしていたので、売り物にはなりません。束ねてゴミに出しました。

また、古い手紙、自分で描いた油絵など、思い出の品は、段ボールに入れて、一人暮らしのアパートへ、宅急便で送りました。

このあたりまでは良かったのです。

洋服ダンスの断捨離で両親が怒り出す

それから、洋服ダンスに、小学生のときに着ていたものが、カビが生えているのを見つけました。洋服ダンスの引出しは、多少くさっていたのか、陥没していました。

タンスの中の古い洋服を引っ張り出してアレコレやっているうちに、両親を刺激してしまったのです。

「一体何で、急にそんなことをやってるんだ!?」

と、父が怒り始めました。「もう使えないものは、あってもしょうがないから。」「こういうものは、もう捨てた方がいいんだよ。」などと、古い洋服を引っ張り出しながら、わたしは言いました。

「ガラクタを処分することの効果」とか「断捨離」とか、うまく端的に説明することは難しいもの。

わたしの説明も不十分だったことも手伝い、特に父は怒っていました。ただ、ホコリがかぶった、もう小さい頃の洋服など「もう着れないよね。」と見せると、母は「あんたの言う通りかも知れない。」と、片付いていくタンスの引き出しを、嬉しそうに見ていましたが。

家族全員が不愉快に

数日後、夏休みの長期休暇で、他の兄弟家族も集ってきました。そんな中、わたしは断捨離をやり続けていました。

わたしが自分の持ち物だと思っていた、漫画本の全巻セットを処分しようとすると、みんなで「今やらなくたっていいじゃないか」と、大反対を始めました。

というのは、その漫画本は、甥や姪が、実家にくると、楽しみに読んでいたものだからです。

それでも、わたしにとっては自分のもの。「ケリをつけたい。」という気持ちがありました。

でも、そんなわたしに対して父は「これは俺の物だ。」と言い、甥や姪に「自由に読んでいい。」と言い、彼らも読み始め、わたしは断捨離の強行を中断せざるを得なくなりました。

この事件ががあった後は、父は特にわたしの「ものを処分する」という行動に対して敏感になり、わたしがいくら「私物」を主張しても、手をつけることはできなくなりました。

もちろん、喧嘩しても強行突破しようと思えば、何だって出来たでしょう。でも、その喧嘩のエネルギーと私物を処分したい気持ちを天秤にかけ、どうしても喧嘩する気にはなれなかったのです。

「話し合うことは出来ないのでしょうか?」

実はこの問題を、ガラクタを処分することに関するセミナーで、先生に質問してみたことがあります。

すると、「話し合うことは出来ないのでしょうか?」とのお答えでした。今、実家にある私物は、自分のものであること、それを引き上げたいこと、などを、静かに話し合ってみてはどうかと言うのです。

これは盲点だったと驚きました。「喧嘩」ではなく「話し合い」。確かにその通りです。何故か、つい喧嘩ごしになり、「話し合う」という手段を思いつけなかったのです。

話し合うことができれば、それが一番です。

意外にハードルが高い「話し合い」という手段

ところが、この「話し合い」というのは、思った以上にハードルが高いものでした。それで、結局は、億劫になってしまいやらずに終わってしまいました。

「話し合い」という大人な対応をするのには、実は相応の人間力が必要です。わたしは、どうしてもケンカ腰になりそうな自分自身を抑えることが出来なそうでした。

「わたしの物なのに、それを認めてもらえない悔しさ」が、ケンカ腰になる主な原因です。

両親の他界後は、実家は兄弟のものになり、さらにハードルが高いものとなりました。家を相続した本人も、わたしの私物を「自分のものだ」と言い始めたからです。

以前、ニュースで、自分の漫画本などを処分してしまった両親を息子が訴えた話を聞きました。そして息子は勝ったのです。

わたしもそうしようと思えば出来たかも知れません。実際このニュースを聞いたとき、親を訴えるなんてスゴイ、トンデモないと思う反面、「アッパレ!!」という気持ちもあったほどです。

悔しさが残ります。さて、どうしたものでしょうか?

本当の感情に許可を与えることで、手放すことができる

 その答えは、まず、「何故悔しいのか、考えてみる」です。

実は、わたしは、実家にある漫画本の全巻セットは、もう要らないものだったのんです。実際、わたしは「それなしで何年も生きてきました」し、本当に読みたければ、古本屋でいくらでも手に入ったのです。

それなのに、わたしは、古本屋で買うのは嫌だったのです。

「あの、実家にある、あの漫画本全巻セットでなければダメ」だったのです。そして、おそらくそれを引き上げたら、自分の手で処分しただろうと思います。

そこまでして未練があるのは、自分でも異常だと思いました。でも、あれこれ考えているうちに、

「本当は、あの漫画本は、わたしの物だと、家族のみんなに認めて欲しかった。」

という気持ちに行き着きました。そして、「何で皆んな認めてくれなかったの!? 悔しい」ということを感じながら、サメザメと泣いたのです。

それで、やっと心が軽くなったのです。

ここでふと気づいたのです。「悔しい」という気持ちを、認めていなかったのは、わたし自身だったということにです。

本当は「悔しい」と思っているのに「もう不要なものだよ! それが『悔しい』なんて、あんたはオカシイ! 大人じゃない! 『悔しい』なんて、感じるな!」なんていう自己否定があったのです。

「悔しいかったんだね、そうか、ヨシヨシ、悔しいって感じていいよ!」って、50歳を過ぎてやっと自分の感情に許可を与えることができました

おわりに

50歳なんて、意外とお子様なもので、我ながらあきれますが、自分に許可を与えることは、気持ちを楽にしてくれるので、おすすめです。

これで一旦、わたしは実家の私物の断捨離はあきらめるとします。

でも、いつの日か、健全な人間関係をつくることが出来たら、その時は実家の私物の断捨離に再チャレンジしようと思っているところです。