晴れやかブログ

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毒親育ちを克服するための最初のステップとは?

毒親育ちは「生きづらい」とか「自分のメンタルに問題がある」などと感じることがあります。

ところで、そんな毒親育ちを克服するための第一歩とは? 一体なんでしょうか?

 

毒親育ちを克服するための最初のステップとは?

わたしは、毒親育ちを克服するための第一歩は、「自分は毒親育ちである。」と認めることだと思っています。

この自覚なくして、毒親育ちを克服することは全くできないとは言えませんが、「自分は毒親育ちである。」と認めてしまった方が克服するには近道だと今は思っています。

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わたしが自分は「自分は毒親育ちなのではないか?」と疑いつつも、長年その自覚を避けていました。

わたしは今50代です。一体なぜわたしは、今、こんな歳になるまで、毒親問題を放置してしまったのでしょうか?

「自分は毒親育ちである。」という自覚を妨げていた理由。

自覚を妨げていた理由は、いくつかありますが、主なものは以下の3つです。

自覚を妨げる理由1 : 問題行動を起こすキョウダイが他にいた。

自覚を妨げる理由2 : 親を毒親だと思えなかった。

自覚を妨げる理由3 :毒親育ちは恥だと思っていた。

少し詳しく書きます。

自覚を妨げる理由1 : 問題行動を起こすキョウダイが他にいた。

わたしの実家の場合、問題行動を起こすキョウダイが別にいました。やたら反抗的だったり、しょっちゅうキレたり、精神科に行ったりするような問題児です。

このキョウダイの状態があまりにも目立つため、「問題児はソイツであって、わたしではない。わたしには何も問題はない。」と思っていました。

その子に手を焼く親の相談役となって、わたしはとても「良い子」だったと思っています。

でも、今にして思えば、わたしは「親の相談役」や「良い子」という名の別の問題児に過ぎなかったのです。

そして、親の相談役とか、良い子という役割の裏側で、わたしの本当の気持ちは無視され傷つけられていたのです。

自覚を妨げる理由2 : 親を毒親だと思えなかった。

上記のように、わたしは「良い子」でしたから、親を毒親だとは中々認めることができませんでした。

「問題はあったにしても、人間は完全じゃない。両親を毒親よばわりするなんて可哀想だ。親だって一所懸命やっていたのだ。」

と、親を毒親だなんて思うと、罪悪感さえ感じていました。

実際、毒親というのは、さらにその上の祖父母の代も毒親であったりし、毒親に育てられた可哀想な人たちです。

その上、マジメだし、善良な市民タイプで、毒親らしき要素はあまりなかったのです。

でもそれだからこそ、ルールで縛り過ぎたり、自分の夢を実現するために子供を利用したり、忙しさのあまり無視するという毒を撒き散らしていました。

そして、子供の立場からすれば、親から本来もらうべき愛情や保護などをもらい損ねたということは否定できません。

全部、子供世代が被害を受けてしまいます。これを無自覚なまま、わかった風な大人顔をして親を許すフリなどすると、克服とは真逆の方向へ行ってしまうのです。

「傷ついた」「悲しかった」「激怒」「寂しかった」など、無意識的に溜まってしまった行き場のない強すぎる感情は、認めてあげる必要があることです。

自覚を妨げる理由3 :毒親育ちは恥だと思っていた。

わたしが自分のメンタルが「オカシイ」と最初に自覚したのは中学生の時です。

わたしの心の時は、中学生で止まったまま…という部分があります。

わたしは、中学生の時から、「本当の自分」というのは、日記に書くという中だけに封じ込めていました。

親への怒りは、「自分の性格が悪いからだ」と考えていて、反省文を本気で書いたりしていました。

自分以外への人に対しては、「キャラを演じる」という方法で生きてきていました。

「本当の自分」というのは、「人には見せられない恥ずかしい存在」でした。

わたしは「自分を治そう。」と、心理学や自己啓発に興味を持つようになりました。大人になって、色々と本を読んだり、セミナーに行くこともありました。

でも、それは殆ど「秘密」でした。恥ずかしい自分自身は、誰にも知られないうちにマトモに治そうと思っていました。

それでも、本を読んでもセミナーに行っても治りませんでした。

そのうちわたしはこの方法で自分を治すことは諦め、「心理学や自己啓発なんて、実にくだらないものだ。こんな本を読んだりする奴はちょっとオカシイ、恥ずかしい人間なのだ。」

などと批判的に考えるようになりました(自分の本棚にいくつかあるのにもかかわらず)。

「毒親育ち」という言葉は少し前から存在に気づいていましたが、「何となく嫌だ」と思ってスルーしていました。

それが、昨年から、他の方のブログなどでよく目に止まるようになり、それとなく気にするようになっていました。

次第に、「別に、毒親育ちというのは、恥じる必要はないことなのだ。」とか「心理学や自己啓発の本を読むことも恥ではないのだ。」と感じるようになりました。

そして、今年の年初、思い切ってカウンセリングを受けて、カウンセラーに方に「心理学や自己啓発の本を読んでいると人に知られるのが恥ずかしい。」と打ち明けました。

すると、「そんなことは、全く恥じる必要はないのだ。恥ずかしいと思ってしまうこと自体が問題。」と言ってもらえたのがきっかけで、恥じるのをやめることにしました。

「夫に見つかってはならない。」などと思い、カバーかけたり、扉付きの本棚にに隠したりしていたのを、他の本と同じように出しておくようになりました。

「自分は毒親育ちである。」と認めた結果。

毒親育ちを自覚することを妨げていた理由を書いてきましたが、ついにわたしは、50歳も過ぎたこのような年齢で、やっと「自分は毒親育ちである。」と認めることができました。

「自分は毒親育ちである。」と受け入れた途端、体が緩み、とてもラクになりました。

心は膨大な情報を抱えているので、受け入れたからと言って、全てが解決したわけではありません。

でもそれまでは「隠さなくちゃ。」と身構え、緊張していたのですから、その緊張が溶けたのでラクになったのです。

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おわりに

毒親育ちを克服するための最初のステップである、「自分は毒親育ちである。」と認めることについて書きました。

毒親に育てられたということは、何かしら「傷」を負っています。傷を治す方法は、必ずしも毒親問題に取り組まなくても偶然治ってしまうこともあります。

実際、わたしは、他の方法で、知らないうちに、随分メンタルを克服していたところがあります。

でも、完全に克服できたとは言い難いのです。

「自分は毒親育ちである。」と認めて初めて、本当に毒親育ちを克服するための、新しい情報や方法が手に入ったのです。