晴れやかブログ

シンプルで生き生きとした生活がしたいミニマリストが断捨離や日々の想いをつづります

感情に名前をつけるという人生への対処法(毒親育ちの断捨離セラピー)。

感情に名前をつけるという人生への対処法ということについて書きます。特に「何かモヤモヤした感じ」には有効です。

毒親育ちのアダルトチルドレンなどは、嫌なことを嫌と感じることができないという弊害がある場合があります。

モヤモヤが「嫌悪感」なのか「怒り」なのか何なのか、名前をつけることで手放したり、自分でどうにかするという、人生の自由度が高まります。

それでは、感情に名前をつけるということについて書きますね。

 

嫌だと感じなくなる原因。

まず、「嫌なことは嫌」と感じなくなる原因について簡単に書きます。昨日、以下の記事を書きました。↓

「父親の恋人役(妻役)」という役割が、子供の人生に与えた悪影響とは?(毒親育ちの断捨離セラピー)。 - 晴れやかブログ

これを例に挙げれば、お父さんと一緒にお風呂に入るなど、「嫌なのに嫌」とあまり感じなくなっていきました。

また、以下の記事も先日書きました。↓

ネガティブな感情を認めた結果、母への恨みを手放し、感謝の気持ちが湧いた話。 - 晴れやかブログ

上記の記事の例を挙げれば、ノーブラで外を出歩くのは「嫌なのに嫌」とあまり感じなくなっていました。

「嫌なのに嫌」と言えなくなるというのは、そう言うと「親に怒られるから怖い」というのもありますが、それ以前に、「自分で嫌ではないということにしてしまう。」ということも大きな原因になっています。

というのは、実はその方が、気持ちの面でラクだからです。

だって、嫌なことを嫌々やっている自分って、可哀想でいかにも不幸で恥ずかしいじゃないですか?

だから、「自分は好き好んでやっているのだ」ということにしてねじ曲げてしまったり、「ノーブラなんてたいしたことはないのだ」とか、「大騒ぎすることじゃない」などと、開き直ったり、「嫌ではないこと」にしてしまったりするのです。

そして、エセ幸せを演じてしまったり、良い子になったりします。他人には明るくピエロになったりすることもあります。

嫌を嫌と感じなくなった結果。

ところで、嫌を嫌と感じなくなった結果、その後の人生でも、嫌なことが起こっても、あまり嫌だと感じなくなってしまうのです。

「嫌なことを嫌と感じなくなる」という練習を積んでしまったようなもの。「嫌なことを嫌と感じなくなる」ということがとても上手になったのです。

そして、何だかボンヤリとモヤモヤした状態になり、鬱になったりします。

無感覚で無感動、だけどいつもドンヨリとしたような暗い気持ちに支配されたりします。

わたしは、思春期の13歳のとき、何故かとてもハッキリと自分の人生や自分の性格がドンヨリと鬱になってしまったことを長年悩み、不思議に思っていました。

このことが心理学や自己啓発などに興味を持つきっかけにもなっていましたが、ここへきてようやくその理由がわかったのです。

感情を禁止したりねじ曲げたりして感じないようにすると、嫌な感情だけでなく、喜びや楽しみといった感情も出て来なくなり、何となく人生がつまらないものになるのです。

ですから、「嫌なことは嫌」と感じるということも、幸せな人生を作るためには、とても大切です。

大人になった現在にもある弊害。

話を現在に移動します。

例えば夫と何か話をしていて、夫が「こうしたいんだけどどう思う?」などと聞いてきたとき、何だかモヤっとしたのに「いいよ。」とか言ってしまいます。

でも、後になって、次第に不都合なことに気づいて、「あの時はいいって言ったけど、やっぱり嫌だ。」などと言って、よくけんかになります。

夫はわたしを「よく気が変わる」ととらえて怒っていました。

もちろん、人間ですから、「気が変わる」ということもあります。

でも、それより何より、最初に感じたわずかな「モヤモヤ」を「嫌」だと自分で認識できなかったことに原因があるのです。

 

モヤモヤに名前をつける。

そこで出てくるのが、今回この記事でタイトルに掲げた方法です。

何かに対してモヤモヤを感じたら無視しないで自分に問いかけてみます。モヤモヤが何なのか考えてみます。そして「嫌」と名前をつけるのです。

様々なモヤモヤに使えます。

以前誰かに言われた「失礼かも知れない言葉へのモヤモヤ」は「怒り」だったのだと名前をつけてみます。

もっとずっと過去の子供時代のモヤモヤも、ノーブラは実は「恥ずかしかった」とか、お母さんが気づいてくれなくて「淋しかった」「怒りを感じた」とかです。

部屋の中にあった前妻さんが使っていたモノを見たときのモヤモヤは「嫌だ」と名前をつけてみたりもできます。

名前をつけると次の段階へ進める。

そうやって自分のモヤモヤに名前をつけてみると、次の段階へ進むことができます。

過去に感じたモヤモヤは「淋しかった」と名前をつけることで、「感じる」→「泣く」→「感じ切ってスッキリする」→「手放して過去のものとすることができる」ということができるようになります。

f:id:kogasora:20200206095522j:plain

夫のオファーに感じたモヤモヤは「嫌」だと感じることで、断ったり避けたりすることができるようになります。

家にあるモヤモヤなモノは「嫌」と感じることで断捨離ができます。

類似のモヤモヤについて。

モヤモヤも、よくよくみると(感じると)、体の感覚が色々と違っているものです。

胃が締め付けられるような感じとか、身がすくむような感じとか、内蔵が震えるような感じとか、「この症状が出ているから、今、わたしは淋しいんだ。」と応用ができるようになります。

ポジティブなモヤモヤ。

ネガティブなモヤモヤについて書いてきましたが、ポジティブな感情があってもモヤモヤすることもあります。

例えば、誰か好きな人に対する恋心みたいなものです。「好きなのに好き」と言えないモヤモヤがあります。

自分には資格が無いとか価値がないとか変な思い込みがあると、「好きなのに好き」と感じないことにしてしまうことがあります。

絶対にかなわない想いなのだと決めつけていて、苦しまないために「好き」をなかったことにしてしまうのです。

こういうときも「好き」だけど「恥ずかしい」もあるし「自分はダメ女だと思っているんだなあ。」などと、名前をつけると気がラクになります。

感情に名前をつけるというのは本当の自分に出会うこと。

感情に名前をつけるというのは本当の自分に出会うことです。本当の自分が感じていることを感じるということが、自分探しの旅のゴールだとわたしは思っています。

その感情がポジティブにしても、例えネガティブなものだとしても、

「ああ、わたしは、こう感じていたんだ。」とわかったとき、モヤモヤした霧が晴れ、自分の人生がこんなにも彩り豊(いろどりゆたか)だったのだと感じることができたのです。

「わたしはわたしで良かったんだ!」と思えたのです。

もし、とてもつらい感情に向き合わなければならないとしたら、一人では無理だと思ったら、セラピストやカウンセラーなど、他人に助けを求めるのも良いと思います。

応援に感謝してます♡

にほんブログ村 にほんブログ村へ 

おわりに

今日は、「感情に名前をつけるという人生への対処法」というタイトルで書きました。

感情に名前をつけるというのは本当の自分に出会うことです。本当の自分自身のまま、今後の人生を歩んで行きたいと今は思っています。