晴れやかブログ

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寂しい気持ちに気づいてからわかった3つのこととは?(心の断捨離)。

先日、「寂しい」という気持ちを長年抑圧したり、禁止していたことに気づきました。

わたしは毒親育ちで、今、インナーチャイルドを癒すワークをやっていますが、その流れで、幼少期に本当はとても寂しかったのだと気づいたのです。

今回はそのことについて書きます。

 

過去に抑圧した、壮絶な「寂しさ」。

まず、過去に抑圧した、壮絶な「寂しさ」について、そんな寂しさがたまったいきさつと、それを癒したことについて書きます。

「寂しい」イコール「恥ずかしい」という原体験。

わたしが幼少期に感じた「寂しさ」は、母に対するものでした。

母はフルタイムで仕事をしていて、わたしが産まれてから間もなく職場復帰し、まずここに第一のわたしの寂しさが出てきました。

日中は同居の祖母が面倒をみてくれたので、物理的なことは何も不自由はなかったのですが、やはり母が昼間家にいないということは寂しいものだったはずです。

その後、下のキョウダイが産まれました。それで母はますますわたしから遠のきました。

それまでは、夜は母の横で寝ていたのですが、母の横の特等席は、下のキョウダイのものになったのです。

「母が好きなのは、わたしではなく、下のキョウダイなのだ。」と思い始めました。

小さな子供はお母さんが大好き。そして、大好きな人に愛されていないということが恥ずかしくなるのだそうです。

この心の構造は、恋愛に例えてみるとわかりやすいです。

大好きな誰かに好きだと打ち明けて、振られるととても恥ずかしいですよね?

好かれていない自分は恥ずかしい、それで、本当は一緒にいて欲しくて寂しくてたまらないのが本音なのに、「寂しくないもん」なんて強がって一人でいることを平気なフリをして自分で自分にウソをつくようになります。

我が強く自立心旺盛な3歳児。

物心がつきはじめる頃、わたしは交通事故で入院したことがありました。毎日来てくれたのは父でした。夕食を食べさせに来てくれていたのです。

わたしは父の言うことを聞かず、食べようとせず、強情に何かで遊んでいて怒られました。

「子供の頃から我が強くて困った。」と父に言われたことがありました。またわたしは母に「寂しかった?」と聞かれても、「全然寂しくない!」なんて答えていました。

それで、わたしの性格は「我が強い」とか「自立心が旺盛」だとか、親には思われていましたし、自分でもそう思い込んでいました。

でも、自立心旺盛な3歳児なんているでしょうか?

わたしは最近やっているインナーチャイルドワークを通じて、本我が強いからお父さんの言うことをきかなかったのではなく、本当はお母さんに病院に来て欲しかったから寂しさをごまかすために、強がっていただけだったことに気づいたのです。

お母さんが一緒にいてくれなかったことが、本当にとてもとても寂しかったのです。

でも、このことを、恥ずかしくて認められませんでした。

抑圧されて膨れ上がった「寂しさ」。

上述したように、わたしの心の中には、抑圧されてパンパンになって破裂しそうなほどの「寂しさ」がありました。

それで、ますますわたしは「寂しい」と言えなく、思えなくなっていました。「寂しい」が壮絶な感情になりすぎていたのです。

「寂しさ」を泣いて垂れ流す。

でも、「寂しい」は人間として必要な感情で、決して恥ずかしいことではないのだと知ってから、堰を切ったように涙があふれてきました。

「寂しい」という感情があるからこそ、人は、誰かを愛したいとか、一緒にいたいと思うからです。

「本当はお母さんに来て欲しかった。」

と、何回も言ったり思ったりしながら泣いたのです。

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わたしは、母への恨みもあり、母の葬式でも全然悲しくなく、涙も出てきませんでしたが、小さかった子供の自分の寂しい気持ちに対してはとても泣けました。

わたしには日常生活や仕事もあります。夫もいますし、一日中泣いているわけにはいきませんでしたが、一人で過ごせるときや、夜布団の中でずっと、とか、気が済むまで泣いていました。

ちゃんと寂しいと感じながら泣き続けると、無意識の領域にたっぷりたまっていた寂しさがどんどん流れ出てきて、出し切るとラクになりました。

上の写真の子のように、幼少期にきちんと泣いてしまっていれば、その後の人生の狂いはなかったのだと思います。

子供は泣いたりわがままを言うのが仕事なのに、その仕事をきちんとやらないと、いつ爆発してもおかしくない感情をかかえた、怖い「良い子」になってしまいます。

寂しいにしてもどんな感情も、きちんと感じることはとても大切なことだと思いました。

寂しい気持ちに気づいてからわかった3つのこと。

それでは、記事のタイトルにある通り、寂しい気持ちに気づいてからわかった3つのことについて書きます。

気づき1: 「寂しさ」は小出しにすればたいして寂しくない。

こんな風に、さんざん泣いた後、カウンセラーの勧めもあって、「誰かに寂しいと言う。」というワークをしました。

わたしは在宅勤務なので、日常的に会う人と言えば夫だけで、あとは猫だけです。

それで、ことあるごとに、「寂しい」と言ってみました。

それで、今のわたしは、たいして寂しくないことに気づきました。それでもワークだと思って頑張って「寂しいよ。」って言ってみました。

夫に「ちょっと寂しいけど、向こうで仕事してるね。」とか、半ばわざわざ言ってみました。

猫にも「いなくなると寂しいよ。」とか言ってみたりしました。

英語でI miss you.という言葉があり、「あなたがいなくて寂しい。」というのが直訳ですが、I love you.(愛しています。)と同義でもあります。

「寂しいよ。」って、気軽に言っちゃえば良いことなんだってまず気づきました。

そして、気軽に、「ほんのちょっとだけ寂しい」だけでも「寂しい」って小出しにたくさん言えば、寂しさはたまっていかないのだということにも気づきました。

気づき2:「寂しい」は「負け」ではない。言ったもん勝ち。

寂しさを恥ずかしいと思っていると、「寂しいなんて言ったら負け」という気分になって、プライドが許さず、「寂しいよ。」って言えないことがあります。

そうすると、「あたしがいなくて寂しい?」とか逆に聞いてしまうことがあります。本当は自分が寂しいから聞いているくせに、相手のせいにしてしまうのですね。

夫に「ちょっと寂しいけど、向こうの部屋で仕事してるね。」と言ったとき、夫は、

「寂しいって誰が寂しいの!? 俺が!?」と、ちょっとコワイ顔をして聞いてきました。

「ちがう! 寂しいのは、「俺」じゃなくて、「あ・た・し」。あたしが寂しいの。」と言いました。

夫は夫で、まだ、自分のプライドが許さず、「寂しい」なんて間違っても認めることはできなかったのです。

わたしも、ついこないだまで、そういうタイプ、夫とは似た者同士の寂しがりやの強がりだったので、夫の気持ちが手にとるようにわかりました。

でも、寂しいは負けではなく、恥ずかしいことでもない…

ということに気づいてから、「寂しい」はむしろ「言ったもん勝ち」なんだってことがわかりました。

気づき3: 寂しくないのは夫のおかげ。贅沢な悩み。

わたしはこのブログを始めた頃、夫との関係を良くしたいなんて思って断捨離を始めました。

でも、夫婦関係に悩むということ自体、実は贅沢な悩みにすぎないこともわかりました。

夫の存在があってこその悩みです。

かつてわたしはシングルだった頃、結婚している主婦のブログが読めないほど壮絶に寂しかったのを覚えています。

主婦ならではの嫁姑問題だとか、夫婦関係、子供との親子関係の悩みなど、どんなに深刻そうでも「所詮贅沢な悩み。」としか思えなかったのです。

今、わたしは、自分がその贅沢な悩みの渦中の人なのだということに気づきました。夫婦関係なんて、たいした悩みではなかったのです。

少なくともわたしは、夫がいてくれるから、壮絶な寂しさからは解放されていたのです。

 

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おわりに

わたしは毒親育ちのアダルトチルドレンで、今、カウンセリングを受けながら回復に向けて取り組んでいます。

今日は「寂しい」という気持ちについて書きました。ネガティブで取扱いに困る代表的な感情のうちの1つです。

原体験的に、母が一緒にいてくれないとか来てくれないという壮絶な寂しさが抑圧されて無意識レベルに眠っていました。

この蓄積されて抑圧された壮絶な寂しさを解放することで、また1つ自分の普段の気持ちが穏やかになってきたようです。

母に対しては何もしませんが、自分の気持ちを聞いたり受け止めたり、自由に表現することで、自分で自分を癒すことができるのだとわかってきました。

自分で自分を癒すということは、かなり気持ちが良いものです。

一時的には壮絶な寂しさを感じて疲れ果てるほどでしたが、そこを抜け出してからは気持ちが凪いだのです。

「寂しい」という気持ちを認めて涙とともに垂れ流すことが、心の断捨離になりました。