晴れやかブログ

ミニマリストになるというよりは、エネルギーの活性化の為に捨て活をしています。

捨てた物: 夫の居場所づくりのための断捨離の実践2。(わたしが汚部屋から脱出するまで5)

居場所づくりのためにわたしが捨てた物について書きます。昨日は断捨離した「場所」を中心に書きましたが、今日の記事は「アイテム」中心に書きます。

「わたしが汚部屋から脱出するまで」のシリーズ第5弾で、2002年、18年前の35歳の時、人生初の断捨離です。

昨日の記事のつづきです。ちなみに昨日の記事はコチラです。↓

夫の居場所づくりのための断捨離の実践1。(わたしが汚部屋から脱出するまで4)

まだ最初の結婚生活の最中、元夫が帰ってこなくなったことがきっかけで始めた断捨離でした。

風水の本に書かれていた「旦那さんは、自分の居場所がないと帰って来なくなる。」という言葉出会い、ピンときて断捨離を始めたのです。

その結果、元夫は帰ってくるようになりました。元夫が帰ってくるようになるまで、わたしが捨てたものについて書きます。

 

夫の居場所づくりのためにわたしが捨てた物。

皆さんよくご存知だと思いますが、断捨離や片づけや物の処分で、捨てていいのは自分の物だけです。

このルールをきちんと守り、わたしは自分の物だけ捨てました。

捨てた物は、ざっくりと言って、以下の5つです。

1. 本(書籍、漫画、雑誌、テキストなど)

2. 日記(日記帳、手帳、ノートなど)

3. 服

4. 思い出の物

5. 趣味の物

この断捨離当時は、45㎡の賃貸マンションに元夫と2人暮らしでした。断捨離といえば、不用品を捨てるわけですが、夫のものと、共有のものは捨てませんでした。

ですから、食器や布団などは処分しませんでした。

わたしの個人的な持ち物が、夫の領域を大きく犯していたりしましたので、「夫が居心地よくなるように」「部屋に風通しの良いスペースができるように」ということを意識して捨てていきました。

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写真はイメージです。

それでは詳しく書きますね。

1. 本(書籍、漫画、雑誌、テキストなど)

本好きだったわたしは、本をたくさん持っていたので、元夫は自分の本棚もわたしに使わせてくれていましたが、「これはいけない」と、真っ先に処分しました。

一般書籍や漫画の全巻セットなどがたくさんありましたので、まず、近所の古本屋に少しずつ持っていき、売れるものは売りました。

古い雑誌は資源ゴミに。また、通信教育などで勉強しようと思って20歳の頃から15年間も持ち続けていたテキストがあり、かなり場所をとっていました。それらも処分しました。

当時本だなは、元夫が1つ、わたしが2つ持っていましたが、本棚だけではおさまっていません。

テレビの下のオーディオラックやリビングの棚、キッチンの棚、カラーボックスなども本や雑誌で一杯で、はみ出して床に平積みにしているものもありました。

本は今でもそうですが、わりとリサイクルしやすい物品です。それで手放しやすいと感じています。

でも、売れ残りが出てきます。売れ残りはあまり数はありませんでしたが、なかなか捨てられませんでした。

2. 日記(日記帳、手帳、ノートなど)

それから、日記です。日記は20歳の頃から書きためた、厚手の日記帳が15〜16冊ほどありました。悩みや愚痴、悪口など、ネガティブなことばかり書いていたので全部処分しました。

シュレッダーはなかったので、カッターとカッター台、ハサミなどで切り刻んで捨てました。

それから、手帳やノートなど。手帳も後生大事にとっておくタイプだったのですが、古い手帳は風水的にも運気が悪くなるそうで、捨てました。

個人情報以外、何もたいしたことは書いてありませんが、いかにも過去の遺物という感じでした。

3. 服

服は、押し入れの中の4つのFitsケース、大きなクローゼットを和室に置いて入れていましたが「もう着られない」もので一杯でした。

また、季節外のものは、別の箱に入れて、押し入れの天袋に入っていました。

当時35歳でしたが、10代20代の頃に買ったコートやスーツ、ワンピースなどがまだたくさんありました。売れそうなものはリサイクルショップに持って行きましたが、殆ど売れませんでした。

わたしが20代前半はまだ80年代だったので、当時特徴的だった、肩パッドが大きなジャケットなんて、もう過去の遺物でした。

また、ピンクハウスに憧れて、20歳のときに買った2ピースを1つ持っていました。

恥ずかしくて着られなくなっていましたが、ロングスカートを切って短くしたりして、「何とか履けないだろうか?」と試みていた残骸もありました。

正直、服は捨てるのは心が痛みます。でも、このときは、もう「どうしても恥ずかしくて着れない」というものは全部処分しました。

押し入れの天袋に、ウェディングドレスが入っていました。結婚式のときに、レンタルするより安かったので作ったのです。

これを取り出してみて憂鬱になりましたが、元夫との大事な思い出だったので、これは捨てずに戻しました。

ウェディングドレスは、後に離婚する時に元夫に処分してもらうことになります。

4. 思い出の物

思い出の物も後生大事にとっておくタイプでした。どこかに行ったときの美術館のチケットのようなものや、パンフレットなどもありましたが、このときは元夫との思い出のものは捨てませんでした。

それよりも、高校生時代から新聞の切り抜きをスクラップしたり、友達からもらったちょっとした可愛い絵などを捨てずにファイリングしてあるスクラップブックが何冊かあったので処分しました。

5. 趣味の物

当時のわたしの趣味は「編み物とソーイング」、「楽器演奏」が主でしたが、別のことに興味が出てきて、過去の遺物だと感じるものがたくさんありました。

編み物

編み物に関しては、着古したセーターでさえ捨てられずにとっておくタイプでした。後でほぐして一旦、糸にして編み直そうなんて思って、中途半端にほぐしたセーターなどがたくさんありました。

それから編みかけのセーターや小物などもありました。また、編み物の本や自分で書き起こした編み方のメモなどもありました。

セーターの編み残しの中途半端に残った毛糸の山もありました。

これらを全部捨てました。

ソーイング

ミシンが押し入れにつっこんでありましたが、実はすでに不調だったのでこれも思い切って処分しました。

それから、以前服を作った残りの生地がたくさんありました。

また、型紙も大事にとってありましたが、高校生のときに雑誌から模造紙に転記した古いものもありました。

これらを全部捨てました。

楽器演奏

わたしが持っていた楽器は、「シンセサイザー(キーボード)」「エレキベース」「電子ピアノ」でした。

「シンセサイザー(キーボード)」と「エレキベース」はすぐに欲しいという人がみつかったのであげました。

電子ピアノは、ヤマハのクラビノーバという、普通のピアノと同じ、88鍵の大きなもので、これもかなり場所をとっていました。

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写真はイメージです。

20歳の頃からのもので、古いモデルでしたが、ピアノが好きだったので、ヘッドホンをしてよく弾いていました。

電子ピアノの下も本棚がわりでテキストや雑誌、スクラップブックなどでいっぱいになっていましたが、それらを処分すると、電子ピアノも処分したいと思いました。

すると、知り合いの子供がピアノを習いたいそうで、ピアノが欲しいというので話してみると、貰ってくれると言ったので送りました。

この電子ピアノの処分がこの時の断捨離の「締め」となりました。

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おわりに

今回は、「夫の居場所づくりのための断捨離の実践2」として、断捨離した物を、アイテム別にご紹介しました。

元夫はときどき着替えに帰ってきて、部屋の様子が変わってくるのに驚いていました。

そして、最後に電子ピアノがなくなっているのを見て驚いて、「ピアノを捨てさせてごめん。」と言ったのです。

以下の記事に続きます。↓

風水で玄関に飾った花の不思議なエピソード。(わたしが汚部屋から脱出するまで6)