晴れやかブログ

シンプルで生き生きとした生活がしたいミニマリストが断捨離や日々の想いをつづります

罪悪感から自由になるというのは、罪悪感を否定することではない(毒親育ちの断捨離セラピー)。

罪悪感から自由になるというのは、罪悪感を否定することではないということについて書きます。

他のネガティブな感情に関しても言えることですが、「消し去ろう」とか「消さなくちゃ」とか「感じ切らなきゃ捨てられない」とか、そういうのではないです。

もっとずっと気楽なものです。

それでは詳しく書きますね。

 

罪悪感から自由になるということ。

この記事は、昨日書いた以下の記事の補足的な記事です。↓

女性性を使って幸せになる方法(毒親育ちの断捨離セラピー)。 - 晴れやかブログ

上記の記事で、「ありがとう」だけで終わらせられず、「申し訳ない」と思ってしまう背景に罪悪感があると書きました。

さらに、罪悪感から自由になるには、背景にある「自分には価値がない」などという思い込みを断捨離しようと書きました。

それで、ちょっとこれでは誤解を与えてしまうかなあなんて思って、この記事で補足します。

罪悪感やその他のネガティブな感情は、切って捨てて全く感じなくするようにするということではないです。

もしそんなことをしたら、子供時代にインナーチャイルドがやっていた感情の抑圧や否認などと全く同じようなことです。

「ああまた自分は罪悪感を感じているなあ。」というくらいの感じになると自由な感じがします。

罪悪感はあっていい。

罪悪感は感じてもいいし、あってもかまわないのです。だいたい、罪悪感って、正常な感じた方がいい場合もあるものです。

誰かをあきらかに傷つけたような場合は、罪悪感を感じて、「もうそういうことはしないようにしよう。」と思えるのは罪悪感のおかげだからです。

ただ、病的な恥の概念に基づくような、「自分には価値が無い」とか「自分はダメ」などの罪悪感は強烈に湧いて出て自分の人生を汚染します。

そんな苦しい状態を改善しましょうということで、それには「自分には価値がない」系の奇妙な思い込みに気づくと良いということです。

そうすると、自然に罪悪感が弱まります。

消えてなくなるというわけではないですが、自分への影響力が減ってくるのです。

罪悪感に支配されていると日々苦しいです。

でも、罪悪感の影響力が弱まってくると、罪悪感が出てきても苦しいというほどでもなくなっていきます。

f:id:kogasora:20200528161039j:plain

やってきたら感じ、そして去っていくというかんじです。やってきたからといって消そうともがき苦しむ必要はなく、感じればいいだけです。

 

過渡期では悪化してみえることも。

実はわたしは、自分の「やりたいことをする」ことをやり始めてから、楽しい反面、罪悪感が次から次へと湧いて出てきて胃が痛くなったり、体が硬直したり、苦しくてたまらない時期がありました。

でも、まあ、今までやりたいことをしてこなかったから、当然の反応だったみたいです。

偉そうに書いてしまいましたが、この時期を乗り越えられたのは、カウンセラーさんが支えになってくれたからです。

もし自分一人だったら、

「罪悪感が苦し過ぎてやりたいことなんてどうでもいい。以前の夫の言いなり生活の方がよっぽどラク。」だと逆戻りしてしまったかも知れません。

一人では不可能ではありませんが、もっと時間もかかったと思います。

次第に苦しさが減っていった。

それでも、罪悪感による苦しさは、一ヵ月半ほどでゆるやかになってきました。理由の1つは、さらにカウンセリングを続けたからということもあります。

でも、ふとあることから急に罪悪感が激減しました。

また別の記事で書こうと思いますが、簡単に書きます。それは、自分と夫との感情に境界線ができたときです。

感情の境界線ができるとラク。

自分の仕事は夫や他人の機嫌をとることではなく、自分自身の機嫌をとっていれば十分だということがわかったのです。

夫の機嫌にふりまわされなくなったのです。

それでかなり罪悪感からも解放されました。

そして今はかなりラクになりました。

罪悪感は存在していますが、「ああ罪悪感が存在しているなあ。」みたいな感じです。そして、それで良いと今は思っています。

 

応援に感謝してます♡

にほんブログ村 にほんブログ村へ 

おわりに

今日は、罪悪感から自由になるというのは、罪悪感を否定することではないという記事を書きました

わたしが罪悪感が強い人だったので罪悪感を例にあげましたが、あらゆるネガティブな感情について言えます。

ネガティブな感情は「在って良い」ものです。消し去ろうともがき苦しむものでもありません。

感じ切ればなくなるものでもないです。

もちろん、強過ぎて感じるのに苦労するものもあります。泣いたり苦しんだり必要な場合もあります。

だからといって、ゼロにするものでもありません。

「罪悪感があるけど苦しくない」

「怒りはあるけど苦しくない」

「寂しいけど苦しくない」

というところが丁度いい感じです。

実際、感情は「小出しに」「こまめに」感じれば問題は起こらないのです。

「いま罪悪感を感じたなあ」になると、感じつつその場で終わっていくのです。

「淋しさ」についても、夫がいない一人の時「ちょっと淋しいな」と感じたら、それで終わりです。たいして淋しくなくなるのです。

感情は、たいしたことないけどゼロではない、というところです。

感情は、こまめにちゃんと感じていれば、インナーチャイルドが過去から貯めに貯めた巨大な負のエネルギーみたいにはならないのです。

罪悪感は、やってきて感じてあげれば去っていきます。そしてまたやってくるでしょう。軽く、気軽に罪悪感を感じてあげるという感じです。

これが、罪悪感から自由になるということなのではないかと、現状では思っています。