晴れやかブログ

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断捨離を失敗にみちびく、ありがちな3つの「捨て基準」

今日は、断捨離を失敗にみちびく、よくある「捨て基準」3つについて書きます。よく、断捨離がらみの本などでみかけるものです。

今回書くのは「 一年使わなかったものは捨てる」「今使わないものは処分」「ときめかないものは捨てる」という捨て基準について。

これらにとらわれすぎると、捨てすぎたりして失敗します。

 

1 「 一年使わなかったものは捨てる」という厳しすぎなルール

これ、個人的には厳しすぎです。そもそもなんで一年なんでしょうかね? その根拠がまったくわかりません。

服とか、二年後に気づいて「あ、こんなのもあったんだ! 着よう」だって良いわけです。

流行遅れになったり、イマイチになっているかも。でも、いつでも流行に乗っていたり、素敵である必要もないのです。

いつでも流行に乗っていたり、素敵であるということ自体、とても疲れてしまうものでもあります。

ものの寿命は単純に期間では計れないので、ルールに一定の期間を作ること自体無意味です。

2 「今使わないものは処分」という厳しすぎなルール

これもよくある「捨て基準」のうちの1つです。今使わないものは処分して、「今に生きよう」とかいうものです。

過去の思い出や、未来への不安を手放すための「捨て基準」なわけですが、とらわれすぎは後悔の元になります。

例えば思い出の品とか、未練があるなら、「今使わないものは処分」なんて頑張って捨てるのはやめるべき。

思い出の品のようなものは、オンリーワンで、売っているわけでもないし、二度と手に入りません。今使わないからといって、未練タラタラのまま捨ててしまうと後悔の元です。

また逆に「ストックの持ちすぎは未来への不安だから」といって、一切ストックを持たないようにするという極端な発想もどうかと思います。

頻繁にストック買い足さなければならなかったり、「そのうち」きっと使う見込みがあるのに「今」使わないからと言って捨ててしまうと、同じものをもう一度買ったりして「買い物という作業」を増やしたり、お金も無駄に使ってしまったりします。

3 「ときめかないものは捨てる」という危険なルール

ときめかないものを捨てるというルールに従ったら、わたしは手持ちのものをほとんど捨てなければならなくなります。

ものはむしろ、空気のように当たり前に存在してふと気づけば自分をささえてくれています。

例えば、このブログを書いているノートパソコン。別にイチイチときめきませんが、普通に当たり前のように必要だと感じます。

ときめきは、捨てるときより、買うとき(ものを家に入れるとき)に使うといいです。「ときめき」という感覚は、恋愛感情に似ていて、長続きするものではないからです。

手に入れるときに「ときめいた」ものは、お気に入りとして使い続けることができる可能性は高いです。特に服を買うときは「ときめき」は良いモノサシです。

捨てるときに利用するのは、ときめきよりも「嫌な感じがするかどうか」のネガティブ感情が良いです。

例えば嫌いな人からもらってしまったものなど、見ただけで嫌な感じがするのであれば、今使えそうなものでも、一年経たなくても、すぐに捨てるべきです。

手持ちのものの多くは、「ときめき」も感じなければ「ネガティブ感情」も湧かない、普通の「なんでもない」ものです。

必要なものって、意外と「なんでもない」、ものなのではないでしょうか。

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まとめ

断捨離を失敗にみちびく、ありがちな「3つの捨て基準」について書きました。断捨離の本にもこの手の基準はよく書かれています。

でも、その言葉どおりにこだわりすぎると、断捨離のやりすぎ、捨てすぎが発生します。

こうなるのは、基準(ルール)に従うだけで自分のアタマで考えず、思考停止状態になってしまうからだと思います。

ですから、個人的には基準のようなものはない方がいいと思っています。ルールを作ると楽なのは、思考を停止させてしまうからです。

もしあえてルールをもうけるとしたら、本や他人の意見を鵜呑みにするのではなく、自分に合うようにカスタマイズし、マイルールを作りましょう。

こんな記事を書いたのは、まさにわたしが以前、思考停止状態でやみくもに断捨離をやりすぎて失敗したからです。

でもそれも、こうやって記事を書くことができたわけですから、良い経験だったかも知れません。