ここ最近、「断捨離」という言葉を、商標登録がらみで、ブログなどで使えるのか使えないのかということが問題になっていますね。
ことの発端は、有名なユーチューバーさんやブロガーさんなどに、やましたひでこさんの代理人弁護士から商標権の侵害だという警告があったことです。
それで、「断捨離」という言葉を使うのをやめたブロガーさんもたくさんいるようです。私にしても、この事件を知った数日間は、別の表現にして記事を書いていました。
でも、このことに違和感を感じました。というのは、登録商標「断捨離」とは別物の、「断捨離」という言葉が、すでに多くの人に使われ、ごく一般的な言葉として成長してしまっているということを感じたからです。
そこで今回は、私が「断捨離」という言葉をブログで使い続けている理由と、使い始めた理由を書きます。
私が「断捨離」という言葉をブログで使い続けている理由
「断捨離」という言葉はすでに「一般化した言葉」だと思うから。
「断捨離」という言葉は、やましたひでこさんの登録商標で、一定の正しい理解や方法があるようです。
ですが、「不要なものを捨てる」とか「整理整頓」「片付け」などと同じような意味で多くの人に使われ、すでに一般的な言葉となっている一面もあると思います。
登録商標としての「断捨離」と、一般的な言葉となっている「断捨離」の両方がすでに存在していると感じています。
断捨離のことなど興味がない人でさえ、断捨離というと、「ああ、捨てたりすることでしょ。」などと、その人なりの理解で「知っている言葉」なんです。
ですから、もし、ブログなどで、「登録商標だから使ってはいけない」ということになれば、「表現の自由」「言論の自由」というものを、逆に侵害しているように感じてしまうんですね。
私が「断捨離」という言葉をブログで使い始めた理由
「断捨離」は、自分の活動を、多くの人に伝えやすい言葉だったから。
この理由は、もっと時間をさかのぼった、私がブログで「断捨離」という言葉を使うことにした、もともとの理由です。
古い話になりますが、少し詳しく書くことにします。
私と「断捨離」という言葉との出会い
私は、「不要なガラクタを処分する」という個人的な「断捨離みたいな活動」を、やましたひでこさんの断捨離の本が出版される前からやっていました(特に影響を受けたのは、カレン・キングストンの『ガラクタ捨てれば自分が見える』でした)。
本の出版当時、たまたま本屋で見かけた断捨離の本をチラッと立ち読みし、「こういうことなら、自分はもうずっと前からやっている。」と思ったものです。
その時は、むしろ、断捨離という言葉に、違和感を感じました。私は自分にお馴染みだった「不要なガラクタを処分」というコンセプトがしっくりきていたからです。
「断捨離なんて、所詮、一過性のブームで終わるに違いない。」なんて思っていました。
「断捨離」という言葉は人に簡単に伝わる
ところが、私の予想に反して、断捨離はもっとずっとポピュラーなものになって広まっていきました。
私は、自分自身の「不要なガラクタを処分する」という「断捨離みたいな活動」は、とても個人的なもので、多くの人にとっては不必要なものだろうと思っていました。
でも、それどころか、かなりの人がその人なりの「断捨離みたいな活動」をしていることがわかってきて驚きました。
私は、「不要なガラクタを処分する」というテーマをブログのメインテーマとして選んだとき、「断捨離という言葉を使って表現した方が、多くの人に簡単に伝わるだろう。」と思ったのです。
それで、このブログでは、最初から、「断捨離」という言葉を使うことにしたのです。
ブログを始める時、改めて「断捨離」という言葉を調べてみましたので、「断捨離」がやましたひでこさんの登録商標だということは知っていました。
でも、個人の断捨離体験をブログに書くのは自由だということも確認しています。
私の個人的な活動は、厳密に言えば断捨離ではないかも知れません。ですが、「断捨離みたいな活動」であることは確かで、「断捨離」と言った方が、他の人には理解しやすいと思っています。
ブログというメディアは、ただの日記ではありません。多くの人に読まれてナンボのものです。
ですから、他の人とシェアしやすい言葉を選ぶということは、大切なことだと思っています。
「断捨離」という言葉は、多くの人が使ったからこそ広まった。
「断捨離」は、やましたひでこさんの登録商標かも知れません。でも、多くの人が、この言葉を使ったからこそ、ここまで広がったのではないでしょうか?
「断捨離」という言葉が廃れたら、私も使わなくなる
今、多くの方が「断捨離」という言葉を使うのをやめています。ブログ村の「断捨離」ランキングからも、ブロガーさんたちが去っていっています。
私は、「不要なガラクタを処分する」という個人的な「断捨離みたいな活動」を、「断捨離」という言葉で表現してきました。
それは、「多くの人が使っていて、多くの人に伝わりやすい言葉」だったから使ったのであって、もし誰も「断捨離」という言葉を使わなくなれば、私も使う必要がなくなるでしょう。
また、もし多くの人の口から「断捨離」という言葉がすたれてしまえば、登録商標「断捨離」もすたれてしまうかも知れませんね。
おわりに
私は、今、まさに、人生何度目かの「断捨離みたいな活動」のまっ最中です。
「断捨離」という言葉が廃れなければ、しばらくこのブログでは、一般的な言葉である「断捨離」という言葉を、ひんぱんに使うことになりそうです。
でも、もしもっと良い言葉があれば、変えていくつもりです。やっぱり「他の人に伝わりやすい言葉」ということが大事ですから。