晴れやかブログ

シンプルで生き生きとした生活がしたいミニマリストが断捨離や日々の想いをつづります

不用品を捨てることで見えてきたものとは?(わたしが汚部屋から脱出するまで9)

今日は、「不用品を捨てることで見えてきたものとは?」というタイトルで書きます。

「わたしが汚部屋から脱出するまで」のシリーズ第9弾です。

わたしの人生最初の断捨離の話です。2002年、18年前の35歳の時で、バツイチのわたしにとっての最初の結婚生活の最中(末期)でした。

約5ヶ月にわたる断捨離で不用品を捨てた結果、見えてきたものがありました。見えてきたものとは何でしょうか?

それは、過去から続いていた、未解決の問題です。

 

ガラクタは、未解決の問題を隠してくれる。

不用品を捨てることで見えてきたものというのは、放置していた未解決の問題でした。

ガラクタは、今まで見てみぬフリをしていたような、未解決の問題を隠してくれていることがあります。

これはある意味良いことです。過去からの問題を解決しようとすると、解決までの過程で、心の痛みが伴ったりすることがあるからです。

ガラクタで問題を隠してしまえば、現在は「とりあえず」心が傷つかずに過ごせます。

わたしの最初の断捨離は、急に元夫が家に帰ってこなくなり、元夫が帰ってくるように居場所を作るためにやりました。

そして、わたし自身の個人的な所有物のガラクタを中心にやったのですが、家の中のガラクタを半分処分した感じて、それなりにすっきりしていました。

それで、むき出しになっている問題に目が止まりました。

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古く汚れた義両親のお下がりのキッチンのダイニングセット。

離婚したくらいなので、元々わたしと元夫の間には、色々な問題が蓄積されてホコリをかぶっていました。

それで、この断捨離の後、元夫が帰ってくるようになってから、色々と話合いをしたのですが、その問題の全てをここには書きません。

断捨離にからんだことで、1つ象徴的なことをお話しします。

それは、断捨離を終えてかなり片付いたキッチン、元夫と向き合って座っているこのダイニングセットでした。

そのダイニングセットは、テーブルと、椅子が4脚のものです。このダイニングテーブルと椅子4脚のセットが問題の1つでした。

ダイニングセットは、元夫が一人暮らしをしている時に使っていたもので、元夫の持ち物でした。

それは、元義両親が自分たちの結婚生活で購入したもので、元夫は自分の親のお下がりをもらって生活していたのです。

良く言えば昭和レトロなデザインで、かつてわたしの子供時代、実家にも似たようなものがあり、近所の家や、どこの家にもありそうなものでした。

1970年代初期に流行ったような感じのもので、赤いビニール張りがしてあり、かなり薄汚れていたので座布団を使って座っていました。

30年来の手垢がつき、部品のつなぎ目などには細かいホコリが油分を含んでたまっていました。

断捨離の最中、掃除をしましたが、「これはわたしが着けた汚れではないな。」などと思ったものです。

わたしはこのダイニングセットが嫌だったのです。

それで、新婚当初、わたしは、無印良品の白木のダイニングセットを新しく買うことを希望していたので、そうしたいと言いました。

ところが、元夫は、「親が苦労して買ったものだから。」と言って、買い替えを拒みました。

無印良品の白木のダイニングセットを、新婚当初、もし買っていたら、こんなことにはなっていなかったと思います。

というのは、このことは、わたしたち元夫婦に横たわる、「義両親がやたら介入してくる。」という問題を象徴していたからです。

元夫が持ち込んだ生活用品にかかわる大物は、義両親からのお下がりで、古く汚れた時代遅れのデザインで、「買い替えたい」と言うたびに、「親が苦労して買ったものだから。」と拒否されたのです。

一方、義両親は、アパートを引き払い、義母の実家を建て直し、新しい家で新しい家具とともに住んでいました。

この義両親たちが粗大ゴミとして出すはずだった大物たちが、わたしのところに回ってきて、使わされていたというわけです。

誰かのゴミを、不本意ながら引き受けてしまうという、汚部屋住人らしい、わたしの性質のせいでもあります。

自分のお気に入りでも何でもない、誰かのお下がりを使うということは、わたしの自尊心を傷つけてもいました。

それで結婚初期は、この問題でけんかになっていました。

そんな問題のダイニングセットが、むき出しになり、ついにわたしたちは決着をつける時が来たのです。

無印良品の白木のダイニングセット。

元夫は、ついに、買い替えて良いと言ってくれました。それで、「好きなのを選んできなよ。」と言ってくれたので、わたしは早速、無印良品に見に行ったのです。

ところが、何だかしっくりこないものを感じたのです。それが何だったかと言うと、その時はあまりよくわからなかったのですが、原因の1つは、「仕上げ方」だったと思います。

また、モノそのものよりも、「今ここで、ダイニングセットを買い替えることが、わたしにとって幸せなのだろうか?」と思ったのです。

もう結婚して7年以上経過していました。

新婚生活をスタートさせるに当たって、ダイニングセットを買い替えるって、わたしにとっては、かなり簡単な話だったのです。

そんな簡単な話が頓挫し、イチイチ義両親が介入してきて、義両親の肩を持つ夫、戦い切れなかった自分の不甲斐なさも含めて、簡単な話が7年間も放置されてしまうような関係だったのです。

もしここで、無印良品のダイニングセットを買えば、新たにその息苦しい関係が今後も続いていってしまうような気もしたのです。

「今は買い時ではないな。」と思って、買うのをやめて帰ってきました。

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おわりに

今回は、不用品を捨てることで見えてきた、過去からの未解決の問題について書きました。今回のものは、わたし個人特有のもので、ほんの一例です。

ただ、不用品、ガラクタを捨てると、それに隠れていた未解決問題が浮上してくることがあるのだというお話しでした。

でも、浮上してきた問題を解決することは、一時的に苦しくても、未来の幸せに繋がるのだと信じています。