今日は「境界線を自分と他人の間に引く」ということについて書きます。「自分で自分の親になる方法」シリーズ記事の7回目です。
アダルトチルドレンや毒親育ちはもちろんですが、傷ついたインナーチャイルドが心の中に居ると、自分と他人の境界線がゴチャゴチャになっていることがあります。
そして、他人の責任を多く引き受け重荷になったり、逆に自分のとるべき責任を引き受けていなかったりします。
その結果、人間関係が不適切になり、最終的には関係を破綻(はたん)させてしまったりします。
インナーチャイルドには、ぜひとも「他人と自分との境界線」を教え、バランスのとれた責任感を養っていく必要があります。
それでは詳しく書きますね。
ルール7:境界線を自分と他人の間に引く
この記事は、ジョン・ブラッドショー著『インナーチャイルド(改訂版)本当のあなたを取り戻す方法』から、ヒントを得て書いています。
「境界線を自分と他人の間に引く」というのは私自身の言葉です。
本からの引用は、以下の通りです。↓
バランスのとれた責任感を発達させることは重要である。それは自分の行動の結果を受けとめることと、他人の行為の結果を引き受けないことを意味する。
境界線があいまいになる原因の一例。
まず、境界線があいまいになってしまう原因について、私自身を例に挙げて簡単に書きます。
私の場合、両親ともよく私の境界線を侵害していました。
例を挙げると、「日記を読まれる」「部屋に勝手に入ってくる」「父が一緒にお風呂に入りたがる」などのプライバシーの侵害です。
子供ながらに憤慨していましたが、激怒すればまた逆に怒られます。
そのようなことが繰り返し日常的に起こると、「プライバシーを守りたい」という私自身の健全な希望が単なるわがままと感じるようになり、「感じてはいけない」と抑圧するようになりました。
子供は、「自分の欲求や感情」は無視したり抑圧し、その替わりに「親(相手)の欲求や感情」を自分のものと思い込んで生きて行くことになります。
また、人は、赤ん坊の時は、親と自分の区別がついてないそうです。生まれたばかりの人間は、自分と親との間に境界線がない状態なのです。
親が子供の欲求や感情を認めていくことでアイデンティティが確立され、子供は自他の区別をつけていけるように健全に育つそうです。
このように健全に育つと、自分と他人の境界線を引くことができるのです。
でも、機能不全の家庭などで、欲求や感情を無視されるなど、何らかの形で子供のアイデンティティの形成が阻害されると、自分と他人の境界線があいまいなまま大人になってしまいます。
親との境界線があいまいなままの子供の心理。
親との境界線があいまいなままの子供は、心理的にどんなことになるのかというと、「自分の希望ではなく、親の希望を実現する」ようになります。
本当は遊びたいのに良い子にして勉強したり家の手伝いをしたりとか、
本当は大学なんて行きたくないのに親の希望に沿って大学進学を目指してしまったりします。
本人の「遊びたい」「大学は行きたくない」という欲求は無視されたままです。
でも、自分の欲求は無視するのが当たり前。
正しいのは親の欲求を実現することだと思い込んでいます。
「自分の欲求=親の欲求」
となっているのが境界線が殆どなくなっている状態です。
また、親との間に境界線ができていない子供は、「自分の感情=親の感情」ということにもなっています。
親の不機嫌は自分の責任だと思い込み、、自分を責めたり親の機嫌をとったりするようになります。
境界線があいまいなままの人間関係?
子供はまず親子関係から人間関係のスタイルを身につけます。
ですから、親との境界線があいまいなまま育つと、
「自分の欲求=親の欲求」
「自分の感情=親の感情」
と同様に、
「自分の欲求=相手の欲求」
「自分の感情=相手の感情」
となります。
相手にはあらゆる人間関係を当てはめることができます。
ですから、境界線があいまいなままの妻は結婚生活でも、
「自分の欲求=夫の欲求」
「自分の感情=夫の感情」
として、余計な責任を背負い込んでしまいます。
余計な責任
余計な責任というのは、以下の通りです。
本来自分の欲求をかなえるのは自分の責任であるわけですから、夫の欲求を叶える責任は夫自身にあります。また、夫の感情の面倒をみるのは夫自身の責任です。
それなのに、妻は「夫の要求をかなえたり、夫のご機嫌をとる」というような余計な責任を背負い込んでしまうのです。
本来の責任
ここで注目したいのは、妻は自分自身の責任を放棄しているということです。
妻の責任は、妻自身が負うべきです。
妻の責任は「妻自身の欲求を叶える」「妻自身の機嫌をとる」ということです。
再び上述したジョン・ブラッドショーさんの著作からの引用の言葉を書いてみます。
バランスのとれた責任感を発達させることは重要である。それは自分の行動の結果を受けとめることと、他人の行為の結果を引き受けないことを意味する。
「バランスのとれた責任感を発達させること…」なんて言われても、何をどうしたらいいのかわからなかったと思いますが、少しわかってきたのではないでしょうか?
バランスのとれた責任感というのは、
「妻は妻自身の欲求をかなえ、自分の機嫌をとる」
「夫の欲求や感情は夫の責任なので、夫にまかせ、夫の欲求を叶えたり機嫌をとったりしない」ということです。
それでは、具体的にどうしたらいいか書いていきますね。
境界線を自分と他人の間に引く方法。
境界線を自分と他人の間に引くためには、2つの段階が必要です。
ステップ1;自分の感情や欲求に気づく。
ステップ2:相手の感情や欲求を引き受けない。
それでは説明します。
ステップ1;自分の感情や欲求に気づく。
他人との境界線があいまいなままの人というのは、そもそも自分の感情や欲求を無視しているので気づいてもいない可能性が高いです。
ですから、自分の感情や欲求にまず気づく必要があります。
そのためには、以下の記事が参考になりますのでリンクを貼っておきます。
感情に気づくために→感情は感じるままでOK(自分で自分の親になる方法1)
欲求に気づくために→それで「自分はどうしたいの?」という魔法の質問(自分で自分の親になる方法2)
感情や欲求を無視し続けて長年生きていると、そもそも「自分は何を感じているのか」とか「自分は一体本当は何をしたいのか」とか、全くわからない状態になっていたりします。
ここは一つ、根気よく自分の気持ちに向き合っていく必要があります。
何かノートを用意して、思うままに書くことも役に立ちます。
長年自分の気持ちを無視していると、「恥ずかしすぎる」と感じているかも。
もしそうなら、すぐに捨てられそうなノートを用意して、書いたら誰にも見つからないようにすぐにシュレッダーにかけて捨てるのもおすすめです。
また、どこかに厳重に隠しておければ安心です。
ノートには、気づいたこと感じていることを何でも自由に書けばいいですが、
・怒り、恨みを書きなぐる
・自分が笑顔になるためのリスト
がまずはおすすめ。
感情は何を書いてもいいですが、境界線があいまいで苦しんでいる状態だと「怒り」とか「恨み」ばかりかも知れないからです。
また、欲求に関しては最初は全然出て来ないかも。
「したいことリストを書こう」として書くと、また再び自分のしたいことを無視して「夫のために料理が上手くなりたい」なんて、他者のしたいことばかり書いてしまったりします。
ですから、「自分が笑顔になる」というリストが大事です。
もう随分長い間、心からの笑顔なんてなかったかも知れません。
他者のゴキゲンをとるための笑顔だけだったかも。
「自分が笑顔になる」が大事です。
それも、「自分の本気の笑顔」です。
書くのが苦手ならノートに書かなくてもいいです。
ただ一人静かに自分が何を感じているのか気づくのが大事です。
「自分の本気の笑顔」は、ほんの小さなことだったりもします。
例えば、
・夫のいないスキに家事をサボってゴロゴロする
・洗い物をサボる
・ヘソクリをする
・我慢していた洋服を買う
・こっそりたまっていた割り箸を捨てる
などです。(あくまでも私の例ですが。)
そして、すぐに出来ることは実際に実行するとさらに本気の笑顔は強化されます。
まずは「自分の」欲求や感情に気づくことが大事です。
そして「自分の欲求や感情の面倒をみる」というのが、本来の自分自身の責任だと知り、一生死ぬまでやるべきことです。
大人の養育的な親である自分自身が、わがまま放題のインナーチャイルドの欲求や感情の面倒をみるのだとも言えます。
ステップ2:相手の感情や欲求を引き受けない。
ステップ1はずっと続けていくことなので、ステップ1を終わらせないとステップ2をスタートできないということではありません。
まともに自分の欲求や感情に向き合っていると、やりたくないこともやっていることにも気づきます。
何故やっているかというと「夫の機嫌を損ねないため」だったりします。
「相手の欲求や感情は相手の責任」です。
夫が不機嫌なら、妻が夫の機嫌をとっても仕方ないし治りません。
夫の不機嫌は夫が治すしかしょうがないのです。
夫との境界線があいまいだった時期、私は、夫が不機嫌そうな顔をしていると
「どうしたの?」とか、「何か私、悪いことした?」とか聞いていました。
これは意識的にやめていく必要があります。
最初は不安ですが、まずは「どうしたの?」とか、「何か私、悪いことした?」とか聞くのをやめて放置します。
相手のご機嫌とりをやめるということです。
「相手の不機嫌は相手の責任」です。自分のせいではないのです。
夫の機嫌を治せるのは夫自身だけです。
また、本当は自分は嫌なのに「夫がそうしたいから」というだけの理由で何かを手伝ったりするのはやめることです。
「夫の欲求を叶えるのは夫自身の責任」だからです。
私は、本当は全然、自分は欲しくないのに「夫のセカンドハウスのために貯金する」ということをしていました。
頑張って仕事してお金を稼いでも、全部夫のセカンドハウスにお金を吸い取られてしまうようで、怒りはたまっていきました。
それにも関わらず、私はさらに「こんなのがいいんじゃないの?」なんて、自分では欲しくない、夫だけが欲しそうなセカンドハウス候補をネットで検索してあげていたのです。
そういうのをやめることです。
夫の欲しいセカンドハウスは、夫が自分で探せばいいのです。「夫の欲求の面倒をみるのは夫自身の責任」だからです。
夫自身の責任なのに私は、自分が勝手に引き受けて、勝手に怒りをため、勝手に不機嫌になっていたのです。
相手の欲求を叶えるための活動をやめていく、というのが、余計な責任を引き受けないために今自分ができることです。
そして、自分で勝手に何かをやっておきながら、夫を責めるというのもやめることです。
再び本の引用の後半部分を書きます。
(前略)…それは自分の行動の結果を受けとめることと、他人の行為の結果を引き受けないことを意味する。
自分の行動の結果を受けとめるというのは、夫のセカンドハウスを勝手に探してあげていた結果自分が怒りを溜めたのは、夫のではなく私自身の責任だったと知ることでもあります。
セカンドハウスを欲しがる夫を責めるべきではなく、勝手に探してあげていた自分の責任だと知り、すぐにやめればいいのです。
自他の境界線の区別をつけるために
自分と他人の境界線は、私にとって特に大きな課題です。
境界線といえば、「自分の身体は自分の身体であり、他人に勝手に触らせたり殴らせてはいけない」ということもあります。
「自分の所有物は自分の所有物であり、他人に勝手にいじくり回されたりしてはいけない」ということもあります。
今日はかいつまんで、夫との1例しか書けませんでしたが、親から受け継いだ「親の意思」みたいなものもたくさんありました。
「親の意思」の一例をちょっと書くと、
「結婚したら妻は夫に従わなければならない。」というのがありました。
これは父の意思です。また、歴史的に日本では、こんなことも当たり前のように言われていた時代もありました。
私のインナーチャイルドは、親といい世間といい、自分の気持ちとは関係のないものをやたら取込む癖があったのです。
「自分の考えか、他人の考えか?」など、インナーチャイルドは自他の区別なく、欲求も考えも感情も信条も、混然一体(こんぜんいったい)となって自分のものだと思い込んでいることがあります。
自他の区別をつけるときに1つ効果的なキーワードがあります。
それは、「苦しいかどうか」です。
「結婚したら妻は夫に従わなければならない。」という考えはとても苦しかったです。
自分の本心に従うと苦しくなくなります。
苦しさを手放すと、
「楽しい」「嬉しい」「ラクである」
などという感情がごく自然にやってきて、心と体と人生がラクに軽くなっていくのです。
自分で自分の親になる方法シリーズについて。
このシリーズは、ジョン・ブラッドショー著『インナーチャイルド(改訂版)本当のあなたを取り戻す方法』という本からヒントを得て書いています。
アマゾンで買えます。→★
この本の280ページに「インナーチャイルドに新しい許可を与える」という章があります。
ここに「養育的なしつけ」として、10個の新しいルールが載っています。
この10個の新しいルールこそ、毒親から離れたあと、自分で自分の親になるのに有益なルールです。
自分で自分の親になるというのは、精神的に自立するということです。
応援に感謝してます♡
おわりに
今日は、「境界線を自分と他人の間に引く」というタイトルで、自分で自分の親になるための7つ目の方法を書きました。
他人の責任を引き受けるのをやめると、心と体と人生がラクに軽くなっていきます。
余計な責任を負うことなく、幸せに自立するには「境界線を自分と他人の間に引く」ことを、インナーチャイルドに教え続ける必要があるのです。