晴れやかブログ

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毒父との別れ:私が手放したあまりにも意外な感情とは?

今日は、「毒父との別れ:私が手放したあまりにも意外な感情とは?」というタイトルで書きます。

実は先日、私は遂に、「これでもう私の人生は、毒父に汚染されることはないだろう。」と思えるところに行きました。

今日はそのことについて書きます。

 

毒父への激怒が止まらなかった。

この記事は、先日書いた以下の記事の続きとなります。↓

「父親の恋人役(妻役)」という役割が、子供の人生に与えた悪影響とは?

上記の記事では、私は、インナーチャイルドワークを続けた結果、父への激怒が出てきたことと、それが癒されなくて仕方ないのだということを書きました。

私はその後、カウンセラーさんに、「どうしても父が許せなくて、色々思い出して苦しいんです」と言いました。

最初カウンセラーさんは、「そのことに目を向けなければいい。」ということを言ってくれました。

確かに一理あります。ただ、私としては、目を向けようなんて思わなくても、しょっちゅう自動的に湧き上がってくる怒りをどうにかしたかったのです。

そして、「父との纏綿状態をとる瞑想」というのをやってもらい、さらにカウンセリングを続け、自分でもノートに書いたり、自分の心に「どうしたの?」とか問いかけたりし続けているうちに、自分の中にあまりにも意外な感情があることに気づいたのです。

私が手放したあまりにも意外な感情とは?。

私が手放すことになった意外な感情というのは、何と!「感謝」と「お父さん大好き」という感情でした。

3歳ころのインナーチャイルドの感情でした。

3歳ころ、私は3週間ほど入院したことがありました。その時、母が来てくれなくてものすごく寂しかったのですが、替わりに父が来てくれていたのです。

私はそのときのことを思って、本当に、自分は父が居てくれたから、生きて来れたのだとリアルに感じたんです。

それで、感謝の涙があふれてきました。私は、「お父さんありがとう。」ということで、何日か折をみて泣き暮らしていました。

それでかなりスッキリしたんです。

父には特に思春期を中心に嫌なことはたくさんされました。

でも、まだ無垢な子供って、実は無条件に親のことは好きなんです。

そして、「感謝」の後は「お父さん大好きで離れたくない」という気持ちが湧き出てきました。

そして、「お父さん! 大好き!」ということで、私はまたしばらく泣き続けたんです。

「お父さん、ありがとう!」

「お父さん、大好き!」

ということで、さんざん泣いた後、何だか拍子抜けするくらいラクになりました。

グリーフワークの効果。

インナーチャイルドのワークの中には、グリーフワークと呼ばれるものがあります。

直訳すれば「悲しむワーク」ということなんだと思いますが、私はしばらく前に「寂しい」ネタで随分泣きました。

そのことは以下の記事で書きました。↓

寂しい気持ちに気づいてからわかった3つのこととは?(心の断捨離)。

ここで私は、「寂しい」というのが「恥ずかしい」と書いています。

実は「恥ずかし」かったのは、寂しいだけではなく「ありがとう」も「大好き」も恥ずかしかったんです。

とにかく「自分の感じている事」がそのまま恥ずかしかったのです。

寂し過ぎて苦しかったのと同じように、大好き過ぎて苦しかったのです。

わたしが毒親問題に今さらなが向き合うきっかけとなったのは、夫婦問題でした。カウンセリングを始めた当初の悩みの1つに、

「夫に大好きって言えない」という問題がありました。

夫のことは大好きだから「大好き」って言いたいとは思いましたが、「大好き」なんて言うのは、清水の舞台から飛び降りるくらいの勇気が要り、言ったら涙が出てきそうだったのです。

一体どうなっているのかと疑問でしたが、その答えが「苦しいほど、お父さん大好き」なのにそれを認めてなかったからだと答えが出た気がします。

無意識と意識の間につなぎめがあり、何か強いネガティブなことがあると、そこのフタをして、感情を出てこないようにしてしまうそうです。

これは、自分の心が傷つかないために守ろうとする防衛反応なのですが、フタをしてしまうと、ネガティブな感情も出て来なくなりますが、ポジティブな感情も出て来なくなるそうです。

そして、何だかボンヤリした、いつもどこかなにかを押し殺したような、大して悲しくもなければ楽しくもない、自分の人生ツマラナイ、自分の感性に自信が持てない状態になるのだとか。

以前の私はそのようになっていたのです。

グリーフワークをやって「寂しい」という強いネガティブな情動が出てくるのを自分に許した結果、「感謝」と「大好き」も出てくることができるようになったのです。

そして、私の人生に「彩り(いろどり)」が戻ってきたのです。

3歳の父親のインナーチャイルドへの理解、そして別れ。

ところで、大人として成長していくためには、親との共依存から離れなければなりません。

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私がなかなか父から離れられなかったのは、「大好き」ということもありましたが、もう1つ「お父さんから離れたら可哀想」というのがありました。

父から自立するためには「父もアダルトチルドレンである。」ということを理解する必要がありました。

父はエロ親父と言ってもよいほどでしたが、父の中の3歳のインナーチャイルドが、お母さんに甘えたくてベタベタしてくるのだと思えたとき、私は父のしたことを理解することができました。

それから、私は「お父さんは小さい頃、親の愛情を受けられなかった可哀想な人」という言葉を、母からさんざん聞かされていました。

実際父の生い立ちを考えると可哀想なんです。

でも、だからと言って、私が父の面倒をみる必要はなかったのです。

父が自分のインナーチャイルドを癒すのは、父自身の仕事であって、私の仕事ではないということを理解する必要がありました。

そして、私が「お父さん可哀想」といって父から離れようとしないということは、父の成長を同時に妨げているのだということに気づきました。

私のインナーチャイルドは、やっと、お父さんとはもう別れた方がお互いのためになるのだということを納得したのです。

私は、「父は自分でできるだろう」と、父を信頼し、さよならを言いました。

(もちろん、何だかアヤシイ文章になってしまいましたが、「心の中で」のことです、念のため。)

父が人生にやって来なくなった。

ところで、父は現実にはもう数年前に亡くなっています。

ですから、本当はもうとっくに別れているのですが、今日の話は「心理的な自立」の問題でした。

私は20歳の頃実家を離れ、経済的にも自立はしていました。でも、精神的には、いつまでの父に依存したままだったのです。

ですから、父が現実に目の前に居るとか居ないとかにかかわらず、父はしょっちゅう私の脳裏を占領していた存在でした。

インナーチャイルドワークをやって、父への怒りを認めてからは、尚更でした。

でも、「激怒」「寂しい」「感謝」「大好き」を体験し切り、父のインナーチャイルドを見送ると、自然に父は私の日常にやってこなくなりました。

私は、やっと父を手放せたんだと思っています。

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おわりに

今日は、「毒父との別れ:私が手放したあまりにも意外な感情とは?」というタイトルで書きました。

「寂しい」も「激怒」も恥ずかしかったですが、それ以上に「ありがとう」と「大好き」はもっと恥ずかしかったのです。

でも、一度出し切って認めてしまうと、「ありがたいし大好きだけど苦しくはない」という感じになりました。

それでやっと私は、もうお父さんに自分の人生を汚染されることはなかろうと、何となく感じたのです。