晴れやかブログ

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毒親から解放されるには、結局「感謝」と「許し」だったという結果に。

毒親から解放されるには、結局「感謝」と「許し」だったという結果になってしまったという話について書きます。

あまりにも月並みな結果に自分でも驚きです。

「親に感謝」とか「許す」とか、あり得ないと思っていたのですが、インナーチャイルドワークとカウンセリングを進めていくうちに、わたしにも何と!親への「感謝」と「許し」が訪れてしまったのです。

 

思い描いていた「感謝」と「許し」のイメージとの違い。

ところで、その「感謝」と「許し」についてですが、まず、「感謝」と「許し」というもの自体、私自身がかつて思い描いていたイメージとは違ったということを最初に言っておきます。

何か、自己啓発セミナーとかで、「親にやってもらったことを列挙するワーク」みたいなのをやったことがありました。

実際、毒親といえども、親としてしてくれたことはたくさんあります。母もご飯は作ってくれたり、仕事もしてお金も稼いでくれたわけですから。

以前受けたセミナーでは、「すごいお母さんですね!」ということになり、「感謝しましょう。」に誘導されました。

でも、母がすごいなんて100も承知、それでもイラつく、許せないから困っていたわけで、全然納得できなかったのです。

「感謝ポイント」が見つかった。

でも、それとインナーチャイルドワークをやった結果の違いっていうと、心から本当に感謝できる「感謝ポイント」みたいなのが1つだけ見つかったということだったんです。

他のことはどうでもいいんです。

本音でのたった1つの「感謝ポイント」。これで十分でした。

母につてい言えば、「中学生のときに初めてブラジャーを買ってくれたこと」でした。

父について言えば、「3歳の時に入院したときに、お母さんは来てくれなくて寂しかったけど、お父さんは来てくれた。」

ということだけでした。

昨日と、一昨日、それぞれブログに書きました。↓

毒父との別れ:私が手放したあまりにも意外な感情とは?

毒母との別れのキーワード「ブラジャー」の歴史を紐解いた結果。

心から感謝できるところがたった1つだけ見つかったのです。

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全てのことに感謝する必要なんてないんです。

本当に感謝できるたった1つのことだけ見つかれば十分だったのです。

でも、「本音の感謝」は、たった1つとはいえ、私の親に対する見方の全てを変えました。

さんざん恨んだり憎んだりしてきましたが、「父も母も彼らなりに、至らないながらも精一杯やってくれたんだ。」と思えたのです。

「許し」とは忘れること。

それから、「許し」についてです。

以前は「許します」「許します」なんて、何度唱えても許せなかったんです。

私には「許す」というのは、何だか宗教じみた、「自己犠牲的な」「いい子ちゃんのフリ」にしか思えなかったのです。

でも、私は、母が私にブラジャーを買ってくれたということについて、とても感謝したんです。

これを思い出すたびに泣いていた時期があり、「お母さん大好き!」と思い、お母さん大好きネタでまた泣きました。

しばらくそうやって過ごすうちに、何だか気が済んだのです。

そして、ふと気がつくと、日常的に、母のことを思い出さなくなったのです。

それ以前は、何かにつけて、母のことをしょっちゅう思い出してはイライラしていました。

母にされたり言われたりしたアレコレがやたら脳裏を横切っていたんです。

でも、「感謝」と「大好き」の涙を流して気が済んだ後、何だか母のことが脳裏を横切らなくなったのです。

母のことを思い出さなくなったのです。

母のことを忘れたんです。

私はこの「忘れる」ということこそ「許し」なのだとふと気づきました。

私は父よりも母のことを先に忘れました。

それで、その後、父についてはさらにワークを続けました。

父については、特に思春期の頃、とても嫌な思い出があり、なかなか許せなかったのです。

でも、子供って、何か嫌なことをされる前、白紙の時って、無条件に親のことが大好きなんです。

3歳のときのインナーチャイルドは、お父さんが大好きで大好きでたまらなかったんです。

それで最後に「お父さん大好きネタ」でたくさん泣きました。

気が済むまで泣いた後、母のときと同じように、父のことも忘れたんです。

日常的に父のことが脳裏をよぎらなくなりました。

宗教じみた「許します」とは全然違ったのです。

本当の「許し」とは忘れることだと思います。

以前、以下のような記事を書きました。

毒親育ちが親と対決も和解もせずに自由になる方法(心の断捨離)。

この記事を書いた当初は、「親など許すもんか」と思っていました。また積極的に許そうともしなかったのです。

でも、「許し」は、結果として向こうから勝手にやってきたのです。

「許す」と自由になる。

全然許そうとしなくてもいいし、親のしたこと自体は許せるものではないんです。

でも、「親のことを忘れた」というのは、親への自分自身の強すぎる想い(恨みにしても激怒にしても寂しさにしても大好きにしても)を手放したということでもあります。

何だか妙な穏やかな気持ちで、こんなことは初めてで戸惑いました。

許すつもりはなかったのですが、結果として気づくと親を許していて、許したことで自由になったのです。

アダルトチルドレンにおすすめ「インナーチャイルドワーク」。

以前にも書きましたが、アダルトチルドレンにインナーチャイルドワークはおすすめです。

私はカウンセラーの助けを得ながらやりましたが、瞑想など、自分で録音して、1人でワークをすることもできます。

以下の本はとても参考になります。↓

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アマゾンで買えます。→

親から離れたインナーチャイルドは、今度は自分自身が親になり、育てたり守ったりしていく必要があります。

そのための方法も上記の本には書かれています。

毒親から解放されても、人生から問題の全てがなくなるわけではありません。

ただ、問題を、親や夫や誰かや何かのせいではなく、自分でどうにかできることなのだと感じることができるようになれた気がします。

自分が変わるまでに時間はかかりましたが、変わるときは一瞬でした。

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おわりに

今日は、「毒親から解放されるには、結局「感謝」と「許し」だったという結果に。」というタイトルで書きました。

「毒親に汚染された私の人生はもう死ぬまで終わっている」と思い込み、自分は不幸だと思っていたんですが、両親のことは、今はもうあまり思い出さなくなったのです。

心と思考が自由になったのです。

両親のことを過去のものとして完了させることができた感じです。

私はもう、親の事はどうでもいいので、自分の人生を生きれば良いだけになったのです。

毒親から解放されるということは、親の事がどうでも良くなるということではないかと今は思っています。