服も自分も変化するのだということを実感し、一年前に、一番のお気に入りだった服を捨てた理由について書きます。
捨てた一年前はお気に入りだった服。
今回捨てた一年前はお気に入りだった服は以下の服です。↓
この服は、昨年パーソナルカラー診断を受けた後、自分で500円でスーパーで見つけて買った服でした。
セール価格が500円だったので、もともとはもっと高かったはずです。しっかりした透けない、綿に少しポリウレタンが混ざっている生地です。
スプリングの私に100点で似合う「アプリコット」という色で、上半身は骨格ストレートの私に似合うVネックということで、「自分に一番似合う服」と思っていました。
この服については、以下の記事でも書きました。↓
自分に最高に似合う服:出会ったら買いたい!(ミニマリストの持ち服5)
昨年買った当初は、大のお気に入り、カットソーなのでそれほど寿命は長いものではありませんが、それでも今年も大活躍するハズでした。
出番がなかったので捨て候補に。
ところが、今年の夏、あまり出番がなかったのです。
昨年は一日置きに着ていたほど一番気に入っていたのに。
理由の一つは、他に買った新しい服の方に手が伸びたということがあります。
自分の変化:気持ちや考えが変化
「何か、この服、あまり手が伸びない」と、夏に入って思い始めました。
普段着でしたが、キレイ目で、わりと体にピッタリフィットというのが着なくなった理由の一つでもありました。
新しく買った服は、ゆったりしていて、そのままパジャマにすることができたからです。
一方この服を着た日は、寝る時にパジャマ用のTシャツに着替える必要があり、朝服を選ぶ時「この服を着たら、寝る時にパジャマに着替えなければならないなあ。」と思って着るのをやめたりしたことが何度かありました。
「夜寝るときはパジャマに着替えるもの」という思い込みがありました。その考えが変わったのです。
私は、昨年は「キレイ目」重視でした。
でも、今はカジュアルとかラクというのが大事になっています。
それが着なくなった理由の1つでもあります。
服の変化:たまに着ると違和感
それでもたまに着ると違和感があることに気づきました。
それは「襟ぐりがしっくりおさまらない」ということです。
単純に言えば、生地が伸びてしまったんだと思います。
別にだらしないほどではなく、「まだ着られるレベル」ではありました。
でも、もともと経年劣化するというポリウレタンも混ざっていて、その上、昨年、さんざん着たわけです。
ですから、服がそれなりに傷んでもおかしくはありません。
お気に入りだっただけになかなか踏ん切りがつかない
服がお気に入りだっただけに、捨てるにしてもなかなか踏ん切りがつきませんでした。
でも、この夏、たまに着た時の違和感を無視するということは、自分自身を無視するということでもあります。
それでも何度か着ました。私は夏の普段着のトップス10着が多すぎると感じ、いくつか捨て候補にあがったものをわざと着ていた時がありました。
この服は最初は捨て候補ではなかったのですが、他の服と順繰りに着ていくと、一番違和感があるのは、悲しいけどこの服であると認めざるを得なくなってきました。
そしてある日決意しました。
洗濯を終えて、洗濯機の脱水でほどよく脱水された状態のこの服を雑巾にして捨てることに決めました。↓
雑巾としても優秀な服でした。
テーブルや棚などを拭いた後、床も拭いたりして、家中がキレイになりました。
ちなみに、この服を捨てたことで、手持ちの服は81着から80着に減りました。以下は私が服を管理するために更新している記事です。↓
ミニマリストの服のリスト:女性、全服を公開(写真付き)!(非黒服系50代です)
服はエネルギーを与えてくれる
服はエネルギーを与えてくれるものだと私は信じています。
「この服がお気に入り!」と思って気持ちがアップし、良く着ているというときに、一番その服からエネルギーをもらっています。
そして、自分にエネルギーを取込み終わると着なくなるというわけです。
カレン・キングストンも、特に服の色に関して本の中で同様のことを伝えています。
私は、「アプリコット」という色が与えてくれるオーラを自分に取込んだとも言えます。
昨年は夢中になって着ていました。一番テンションが上がる色でした。
「着たくなる」という服は、何かそのときに自分で「その服が持っているエネルギーが欲しい」ということでもあります。
「着なくなる」というのは決して悪いことではなく、その服が与えてくれる何かを自分に蓄えることができたのです。
自分にエネルギーを取込み終えると、服は「ぬけがら」みたいに感じられるものです。
これを放置してしまうと、タンスの肥やしになると思うので、捨てることに決めました。
服も自分も変化する:一年前の自分と今の自分は違う
私は以前、以下のような記事を書きました。↓
一年で服を買い替えるという無駄なルールにカルチャーショックを受けた。
一年で服を買い替えるというルールを持っている人を批判するような記事でした。
当時は本当にそう思っていたんです。
ところで、人の細胞は日々生まれ変わり、3カ月も経てば、全ての細胞が入れ替わっているというとのことです。
それがわからないのは、私たちは「意識」だからです。
でも、肉体は一年も経てば全く別人です。
そう考えると、ワンシーズンで服を全部変えるとか、一年で服を全部変えるとか、一概に「無謀」と決めつけるのはどうかと思ったのです。
敏感な人は、肉体の変化を、感覚を通してきちんと感じているから、何か違和感を感じて定期的に服を買い替えているだけなのかも知れないと思いました。
もしかすると、服をいつまでもずっと持ち続けているということは、変化を恐れ変化する自分を受け入れられていないだけ、ということなのかも知れません。
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おわりに
今日は大好きだった服を捨てたことと、捨てた理由について書きました。
そして服は、最後に大きな気づきまで与えてくれました。
服も自分も変化するのだ、一年前の自分と今の自分は別人なのだということを、この大好きだった服は教えてくれたのです。